しているようで、多少の自信を腕に持っている私も、彼女のこうした外交手腕に対しては大いに謙遜の必要を認めさせられていた次第であった。
 私は彼女に二十円の給料を払っていた。これは決して法外に安い給料とは思わなかったが最近、彼女の功績を大いに認めなければならぬ状態を認めて、姉や妻と寄々相談をしていた次第であったが、折も折、ちょうどそのさ中に、実に奇妙とも不思議とも、たとえようのない事件が彼女を中心にして渦巻《うずま》き起って、遂に今度のような物凄い破局に陥ったのであった。しかもその破局のタネは彼女自身が撒《ま》いたもので、すでに彼女が私の処に転がり込んだ最初の一問一答の中に、その種子《たね》が蒔《ま》かれていたのであった。

 彼女の郷里は青森県の酒造家で、裕福な家らしく聞いていたが、その後の彼女の朗らかな性格や、無邪気な態度を透して、そうした事実を私等は毛頭疑わなかった。
 一番最初の問答に出た彼女の兄なる人物は、彼女が来てから間もなく倉屋の黒羊羹《くろようかん》を沢山《たくさん》に持って病院に挨拶に来た。もっともそれは私が帰宅したアトの事で、誰もその兄の姿を見届けたものはいなかったが、
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