させられてしまった。永い年月の間、幾多の手術に当って来た老成の看護婦でも、こうした手術者の意図に対する敏感さと、手練の鮮やかさを滅多に持ち合わせていないであろう事を、私はシミジミ思わせられた事であった。
 しかし彼女が開業医なるものの患者に対して如何《いか》に素晴らしい理解を持っていたか。そのために私等一家が如何に彼女に感謝させられていたか。そのために病院内の仕事を、ほとんど非常識に近いところまで彼女に任かせ切っていたか、そうしてそのために、以下記述するような「謎の女」式の活躍の自由を、如何に多分に彼女に許しておったかという事実は、恐らく何人も想像の外であろうと思う。
 私は開業当時から、誰もするように仕事の時間割をきめていた。午前十時から午後一時まで、午後三時から六時迄を診察治療の時間ときめて、六時以後は直ぐに近くの紅葉坂《もみじざか》の自宅に帰って、家族と一緒に晩餐《ばんさん》を摂《と》る事にきめていたが、開業医の当然の責任として、帰ると直ぐに入院患者から何でもない苦痛のために慌《あわただ》しく病院に呼び戻される。または所謂《いわゆる》、草木も眠る丑満時《うしみつどき》に聞き分けの
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