先生も私を初めて見られた時に同じような……それでも気の毒そうな笑い顔をされました。そうして私の名前を直ぐに記憶《おぼ》えられました。それから後、ちょっと来られた視学官の方も、すぐに私の名前を記憶して行かれたようですが、それは私の成績が作文と、習字と、図画と、体操を除いては、級の中で一番|末席《びり》だったせいばかりではなかったように思います。
 私の名前は、すぐに全校の生徒に知れ渡りました。
「ノッポの甘川歌枝ん坊――オ……
 梯子《はしご》をかけてエ――髪結うてエ」
 と上級の男生徒が遠くから笑ったりしました。私は気の弱い児《こ》でしたから最初のうちは泣いて学校に行かないと申しましたが、そのうちにダンダン慣れて来て、どんなにヒドイ事を言われても淋しく笑って振り返る事が出来るようになりました。
 私が一番モテたのは運動会の時でした。
 私は二年生ぐらいの時から、六年の男子の中の一番早い生徒でも負かすくらい走れましたので「後世《こうせい》畏《おそ》る可《べ》し」という標題と一緒に、私の写真が新聞に出たこともありますが、その真夏の太陽の下で撮られた私のシカメ顔がまた、あんまり可笑《おか》し
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