失踪《しっそう》した事が、校務打合せのため同下宿を訪問した同校女教諭虎間トラ子女史によって発見された。既報の如く森栖校長はミス黒焦事件以来痛く神経を悩ましていたものの如く三番町の下宿に引籠り、鬚《ひげ》蓬々《ほうほう》として顔色|憔悴《しょうすい》していたが、事件発生後一週間目に当る去る三十一日夜、何処《いずこ》よりか一通の女文字の手紙が同氏宛配達されて以来、何故《なにゆえ》か精神に異状を来たしたものらしく、同下宿の女将《おかみ》渡部スミ子の許に来り、無言のまま涙を流して頻《しき》りに叩頭し、又は二階より往来へ向け放尿しつつ大笑するなど、些《すこ》しも落着かず、夜半に大声を揚げて怒号し、彼奴《あいつ》だ。彼奴だ。黒焦は彼奴だ。火星だ火星だ。悪魔だ悪魔だ。などと取止めもなき事を口走り、女将スミ子を驚かした由《よし》で、その翌日の三月一日は疲労のためか終日|臥床《がしょう》して一食も摂《と》らず。同夜十時頃、前記虎間トラ子教諭が訪問した際も、依然として就床しいるものと思い、女将スミ子が起しに行きたるに夜具の中は藻抜《もぬけ》の空《から》となり、枕元に破封されたる長文の女文字の手紙と並べて虎
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