サヨナラ」
 曼陀羅院長は田宮課長の敏速な手配にもかかわらずトウトウ捕まらなかったらしく、今日の日が暮れるまで何の音沙汰もありませんでした。したがって彼氏が、彼女とどんな関係を持ったドンナ種類の人間であったか。どうして彼女の遺書《かきおき》を手に入れたか。いつから彼女の蔭身に付添って、どの程度の黒い活躍をしていたか……と言ったような事実はまだ推測出来ません。
 しかし神奈川県庁から帰りがけに病院に立ち寄って、私の提供した姫草ユリ子に関する新事実を聴き取った田宮特高課長は、容易ならぬ事件という見込を付けたらしく即刻、東京に移牒《いちょう》する意嚮《いこう》らしかったのですから、彼女の死に関する真相も遠からずハッキリして来る事と思いますが、それよりも先に小生は、一刻も早く彼女に関する事実の一切を貴下に御報告申し上げて、後日の御参考に供して置かねばならぬ責任を感じましたから、かように徹宵《てっしょう》の覚悟で、この筆を執っている次第です。今までは余りに恥かしい事ばかりなので御報告を躊躇《ちゅうちょ》しておったのですが……否……今日まで貴下と何等の御打合わせも出来なかったのが矢張《やは》り、か
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