を発見し、大いに驚きて取卸し検査したるに、該山高帽子の内側の署名により、同教会の篤信者、森栖校長の所持品なる事判明。尚、花簪の所有者は目下の処不明なるも、その儘、山高帽子と共に付近派出所を経て警察署に届出たので、警察にては緊張しおりし折柄とて棄置難しとなし、時を移さず同教会に出張し、参集者の出入を禁じて、厳重なる調査を遂げたるに、同教会、礼拝堂の内部に怪しむべき点一※[#小書き平仮名か、129−5]所もなく、同日、同礼拝堂に一番最初に(九時頃)入来りたる信者某女も、最初より祭壇の扉に接近したる者を認めなかったと言うので、手を空しくして引上げた。然るに右山高帽を警察署に持帰り、詳細に亙《わた》りて調査したるに、前廂《まえびさし》にシッカリと噛締めたる門歯と犬歯の痕跡あり。しかも、それは極めて強健なる少年の歯型なる事が、専門家の意見により確定したので、又も新しいセンセーションを巻起すこととなった。すなわち推定されたる教会侵入の怪少年が、果して県立高女校の怪火事件以後の、各種の奇怪事と連鎖的な関係を持っているものとすれば、虎間女教諭の縊死、川村|傴僂《せむし》書記の逃亡以来、右二人を前記各種事件の黒幕的人物に非ずやと疑いおりし人々も、ここに於て推定の根拠を失いたる訳にて、そのいずれが真なるやを考察するは全然不可能なるものの如く、関係当事者一同は又もや五里霧中に放り出された状態に陥っている。
意外! 黒焦犯人は[#「意外! 黒焦犯人は」は2段階大きな文字]
県視学の令嬢?[#「県視学の令嬢?」は2段階大きな文字]
母と共に行方を晦ます[#「母と共に行方を晦ます」は1段階大きな文字]
父視学官は引責覚悟
昨報、市内海岸通、天主教会内の帽子|花簪《はなかんざし》事件以来、警察当局にては既報ミス黒焦事件に対する有力なる探査のヒントを得たるらしく、当時、最初に同教会内に入来りたる某女こと、殿宮《とのみや》アイ子(十九)という少女を同教会内別室に伴い、厳重なる取調を行いたる模様なるが、右取調続行の都合上、同午後三時頃、前記アイ子に一応帰宅を許したるに、同女は大胆にも厳重なる監視の目を潜《くぐ》りつつ、重病に臥《ふ》しおりたる母親を伴い、一通の遺書ようのものを同女の父、殿宮愛四郎氏宛に残して、何処《いずく》へか姿を晦《くら》ましてしまった。この重大なる失態に就いて、警察当局は何故《なにゆえ》か口を緘《かん》して一言も洩らさず、且、捜索の手配をした模様もないのは返す返すも奇怪千万の事と言うべきであるが、人も知る如く、同女の父、殿宮愛四郎氏は本県の視学官にして、現中央政界の大御所とも言うべき大勲位、公爵、殿宮|忠純《ただすみ》老元帥の嫡孫に当っているが、意外の悲劇に直面して悲歎に暮れつつも、該遺書内容の重大性に鑑《かんが》み、家門の名誉のため、引責辞職の決心せる旨、往訪の記者に語った。
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「何とも申訳ありません。しかし娘が殺人放火なぞ言う大それた罪を犯し得ようとは、どうしても思われません。火星の女こと甘川歌枝と、娘のアイ子が県立高女在校中、無二の親友であったと言うようなお話も、只今初めて承《うけたま》わった位の事です。むろん二人の間に恋の遺恨なぞ言うような忌《い》まわしい事実があったかどうか、思い当る節《ふし》もありませんので唯、驚いているばかりです。その筋の注意もある事ですし、娘の将来の幸福のためにもかような事はなるべく世間に発表したくありませんから、どうぞここまでのお話のお積りで御聴取を願います。……何故《なにゆえ》に母だけを同伴して家出しましたか、そのような原因も目下のところ不明です。今日まで何等の秘密も風波もなく暮して来ました妻子に、突然に、思いがけなく棄てられた私は、ただ途方に暮れるばかりです。妻のトメも娘のアイ子も相当の貯えを持っている筈ですから、当分の生活には困らないでしょう。何処へ参りましたか心当りは全く御座いません。むろん私は引責致したい考えでおりますが、しかし、これとても正式に公表される迄は、やはりこの談話と一緒に御内聞に願います。云々」
尚令嬢アイ子の遺書の内容は左の通りである。
お父様。永々お世話様になりました。お母様とアイ子は、お父様にこの上の御迷惑をおかけ申したく御座いませんために、そうしてこの上にお母様を悲しませて、御病気を重く致したく御座いませんために、今日限りお暇《いとま》を致します。つつしんで今日迄の御恩を御礼申します。
母校の出来事の全部は、わたくしの到らなかった責任で御座います。焼死された方は甘川歌枝さんで、自殺に相違御座いません事を私が保証致します。わたくしが今すこし早く甘川歌枝さんの自殺の決心に気付いておりましたならば、今度のよう
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