…」
「いかにも……」
「キチンと綺麗にお化粧をして、頬紅や口紅をさしておりましたので、強直屍体とは思われないくらいでしたが……生きている時のように微笑を含んでおりましてね。実に無残な気持がしましたよ。この遺書《かきおき》は枕の下にあったのですが……」
「検屍はお受けになりましたか」
「いいえ」
「どうしてですか。医師法|違反《いはん》になりはしませんか」
相手は静かに私の瞳を凝視した。いかにも悪党らしい冷やかな笑い方をした。
「検屍を受けたらこのお手紙の内容が表沙汰になる虞《おそれ》がありますからね。同業者の好誼《よしみ》というものがありますからね」
「成る程。ありがとう。してみると貴下《あなた》はユリ子の言葉を信じておられるのですね」
「あれ程の容色《きりょう》を持った女が無意味に死ぬものとは思われません。余程の事がなくては……」
「つまりその白鷹という人物と、僕とが、二人がかりで姫草ユリ子を玩具《おもちゃ》にして、アトを無情に突き離して自殺させたと信じておられるのですね……貴下は……」
「……ええ……さような事実の有無《うむ》を、お尋ねに来たんですがね。事を荒立てたくないと思いましたので……」
「貴方は姫草ユリ子の御親戚ですか」
「いいえ。何《なん》でもないのですが、しかし……」
「アハハ。そんなら貴下も僕等と同様、被害者の一人です。姫草に欺瞞《だま》されて、医師法違反を敢《あ》えてされたのです」
相手の顔が突然、悪魔のように険悪になりました。
「怪《け》しからん……その証拠は……」
「……証拠ですか。ほかの被害者の一人を呼べば、すぐに判明《わか》る事です」
「呼んで下さい。怪しからん……罪も報いもない死人の遺志を冒涜《ぼうとく》するものです」
「呼んでもいいですね」
「……是非……すぐに願います」
私は卓上電話器を取り上げて神奈川県庁を呼出し、特高課長室に繋《つな》いで貰った。
「ああ。田宮特高課長ですか。臼杵です。臼杵医院の臼杵です。先般は姫草の件につきましていろいろどうも……ところで早速ですが……お忙しいところまことにすみませんが、直ぐに病院《こちら》へお出で願えますまいか。姫草ユリ子の行方がわかったのです。……イヤ死んでいるのです。ある処で……実はその姫草ユリ子の被害者がまた一人出て来たのです。イヤイヤ。今度のは本物です。だいぶ被害が深刻なのです
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