ウ一人の白鷹先生を創作して、電話をかけさせたり、歌舞伎に案内させたり、カステラを送らせたり、風邪を引かしたり、平塚に往診さしたり、奥さんを三越の玄関で引っくり返らしたりなんかして……作り事にしては相当骨が折れるぜ。況《いわ》んや俺たちをコンナにまで欺瞞《だま》す気苦労と言ったら、考えるだけでもゾッとするじゃないか」
「……あたし……それは、みんなあの娘《こ》の虚栄だと思うわ。そんな人の気持、あたし理解《わか》ると思うわ」
「ウップ。怪しい結論だね。恐ろしく無駄骨の折れる虚栄じゃないか」
「ええ。それがね。あの人は地道に行きたい行きたい。みんなに信用されていたいいたいと、思い詰めているのがあの娘《ひと》の虚栄なんですからね。そのために虚構《うそ》を吐《つ》くんですよ」
「それが第一おかしいじゃないか。第一、そんなにまでしてこちらの信用を博する必要が何処に在るんだい。看護婦としての手腕はチャント認められているんだし、実家《うち》が裕福だろうが貧乏だろうが看護婦としての資格や信用には無関係だろう。それくらいの事がわからない馬鹿じゃ、姫草はないと思うんだが」
「ええ。そりゃあ解ってるわ。たとえドンナ女《ひと》だっても現在ウチの病院の大切なマスコットなんですから、疑ったり何かしちゃすまないと思うんですけど……ですけど毎月二日か三日頃になると印形《ハンコ》で捺《お》したように白鷹先生の話が出て来るじゃないの。おかしいわ……」
「そりゃあ庚戌会がその頃にあるからさ」
「でも……やっぱりおかしいわ。それがキット会えないお話じゃないの……オホホ……」
「だから言ってるじゃないか。廻り合わせが悪いんだって……」
「だからさ。それが変だって言ってるんじゃないの。廻り合わせが悪すぎて何だか神秘的じゃないの」
「止せ止せ。下らない。お前と議論すると話がいつでも堂々めぐりになるんだ。神秘も糞もあるもんか。白鷹君に会えばわかるんだ。……茶をくれ……」
 私は黙って夕食の箸を置いて新調のフロックと着換えた。誰しも疑わない姫草ユリ子の正体をここまで疑って来た妻のアタマを小五月蠅《こうるさ》く思いながら……。
「とにかく今夜は是非とも白鷹君に会ってみよう。石を起し瓦をめくってもか。ハハハ。エライ事に相成っちゃったナ……」

 桜木町から二円を奮発した私が、内幸町の丸の内倶楽部へタクシーを乗り付けたのが
前へ 次へ
全113ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング