趣味雑誌の耽読者で、その雑誌にカブレているせいか、頭の作用が普通の女と違っていた。麻雀《マージャン》の聴牌《てんぱい》を当てるぐらいの事はお茶の子サイサイで、職業紹介欄の三行広告のインチキを閑暇《ひま》に明かして探り出す。または電車の中で見た婦人の服装から、その婦人の収入と不釣合な生活程度を批判する……と言ったような一種の悪趣味の持主であった。だから吾が妻ながら時折は薄気味の悪い事や、うるさい事もないではなかったが、しかし、そうした妻の頭の作用《はたらき》に就いて私が内心|些《すく》なからず鬼胎《おそれ》を抱《いだ》いていた事は事実であった。
だからこの時も姫草看護婦に対する疑いを、普通一般の嫉妬《やきもち》と混同するような気は毛頭起らなかった。また彼女の変痴気趣味が出たな……ぐらいにしか考えなかったが、それでも、そうした彼女の姫草ユリ子に対する疑いが、何かしら容易ならぬ大事件になりそうな予感だけはハッキリと感じたから、念には念を入れるつもりで私は、彼女の考えを一応、検討してみる気になった。
「白鷹先生に、どうしても俺が会えないのが不思議と言えば不思議だが、論より証拠だ。今夜はこれから出かけて行って、是が非でも会って来るつもりだから、いいじゃないか」
「ええ。……でもお会いになったら……何だか大変な間違いが起りそうな気がして仕様がないのよ……あたし……」
「アハハ。二人が出会ったとたんにボイインと爆弾でも破裂するのかい」
「ええ。そう言ったような予感がするのよ。幾度タタイても爆発しなかった分捕の砲弾が、チョイと転がったハズミに爆発して、何もかもメチャメチャになった新聞記事があったでしょ。今度の事もソレに似てるじゃないの。何だか妾、胸がドキドキするわ」
「アハアハ。イヨイヨ以て怪奇趣味だ。しかも漫画趣味だよ。アダムスンか何かの……」
「オホホ。もっとすごい感じよ」
「アハハ。悪趣味だね。それでも今日会えなかったら一体どうなるんだい話は……」
「いいえ。妾、今夜こそキット貴方が白鷹先生にお会いになれると思うのよ。そうしたら何もかもわかると思うのよ」
「名探偵だね。どうして会えるんだい」
「今夜の庚戌会は何処であるんでしょう」
「やはり丸の内倶楽部さ」
「今からそこへお出でになったらキット白鷹先生が来ていらっしゃると思うのよ」
「馬鹿な。奥さんが病気なのに来るもんか」
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