」という坊主の説教をそのままに、彼女は自分自身を陥れる、身の毛の辣立《よだ》つ地獄絵巻を、彼女自身に繰り拡げて行ったのであった。

 その九月も過ぎて、十月に入った二日の朝、彼女はまたも病院の廊下でプリンプリンと憤った態度をして私の前に立った。
「どうしたんだい。一体……また、機械屋の小僧と喧嘩でもしたのかい」
「いいえ。だって先生。明日は十月の三日でしょう」
「馬鹿だな。十月の三日が気に入らないのかい」
「ええ。だって毎月三日が庚戌会の期日じゃございません」
「あ……そうだっけなあ。忘れていたよ」
「まあ。そんなところまで白鷹先生とそっくり。先生は庚戌会へお出でになりませんの」
「ウン。白鷹先生が行くんなら僕も行くよ」
「この間お約束なすったんじゃございません」
「イイヤ。約束なんかした記憶《おぼえ》はないよ」
「まあ。そんならいいんですけど……」
「どうしたんだい」
「ツイ今しがた、白鷹先生からお電話が来ましたのよ。臼杵先生はまだ病院にいらっしゃらないのかって……」
「オソキ病院のオソキ先生ですってそう言ったかい」
「まあ。どうかと思いますわ。いつも午前十時頃しかいらっしゃいませんって申しましたら、きょうは風邪を引いて寝ちゃったから、庚戌会へは失敬するかも知れないって仰言るんですね。妾キッと先生とお約束なすってたのに違いないと思って腹が立ったんですよ。何とかして会って下さればいいのに……」
「そりゃあ会おうと思えば訳はないよ。しかし妙に廻り合わせが悪いね」
「ホントに意地の悪い。きょうに限って風邪をお引きになるなんて……妾、電話で奥さんに文句言っときますわ」
「余計な事を言うなよ。それよりも、今から妾がお勧めして臼杵先生をお見舞いに差し出そうかと思いますけど、友喰いになる虞《おそれ》がありますから、失礼させますって、そう言っとき給え」
「ホホホホ。またあんな事。それこそ余計な事ですわ」
「ナアニ。そんな風に言うのが新式のユーモア社交術って言うんだ。奥さんにも宜しくってね」
 こんな訳で白鷹先生に非ざる白鷹先生に対する私の家族の感じは、姫草ユリ子を仲介として日に増し親密の度を加えて来た。のみならず、ちょうど私が箱根のアシノコ・ホテルに外人を診察に行く約束をした日の早朝に白鷹氏……否、白鷹先生ならぬ白鷹先生から電話がかかって、
「この間はすまなかった。いつも間が悪く
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