寝間着の膝の上に滴るばかりでした。
 ……私の破滅は校長先生の破滅……校長先生の破滅は私の破滅……私の破滅……校長先生の破滅……何もかも破滅……現在タッタ今破滅しかけているのだ。……そうして、どんな事があっても破滅させてはならないのだ。白状してはいけないのだ。私と校長先生とは二人きりでこの秘密を固く固く抱き合って、底も涯てしもない無間地獄の底へ、何処までも何処までも真逆様に落ちて行かなければならないのだ。……と……そんなような事ばかりをグルグルグルと扇風機のように頭の中で考えまわしているうちに、私の全身をめぐっております血液が、みんな涙になって頭の中一パイにみちみちて、あとからあとから眼の中に溜って、ポタポタと流れ出して行くように思いました。それにつれて私の心臓と肺臓が、涯てしもない虚空の中で互い違いに波打って狂いまわる恐ろしさに、声も立てられないような気持になって行きました。
 その私の耳元に、父の鋭い、冴え返った声が聞こえました。
「隠してもわかっているぞ。一昨日お医者様が取って行かれたお前の血清を、大学で検査された結果、お前がもう処女でないことがわかってしまったんだぞ」
 継母が私の直ぐ横で、長い長いため息をしました。赤の他人よりもモットモットつめたい、もっともっと赤の他人らしい溜息を……。
「一昨日、お前を診《み》て下さった……昨夜《ゆうべ》も診に来て下すった先生は、その方の研究で墺太利《オーストリー》まで行って来られた有名な医学博士だったのだぞ。どんな言い訳をしても通らない、科学上の立派な証拠を……俺は……俺は……眼の前に突き付けられたのだぞ……」

 ……何と言う恐ろしい科学の力……。
 私がもう清浄な身体《からだ》でないこと……自分でもそうは思われないくらいの儚《はか》ない一刹那の出来事……それがタッタ一滴の血液の検査でわかるとは……。
 ……何と言う残酷な科学の審判……。
 私はモウ何の他愛もなく絨氈《じゅうたん》の上に……両親の足元に泣き崩《くず》れてしまいました。
 絶体絶命になった私……。
 父は私に是が非でも相手を打ち明けよと迫りました。決して無理な事はしない。キット添わせて遣る。お前の事をソンナにまで思って下さる人がおられる事を俺達が気付かなかったのが悪かったのだ。どんな相手でもいいから打ち明けよ。親の慈悲というものを知らぬか……と両親とも
前へ 次へ
全113ページ中97ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング