の青バスを出てから後ズットお尋ね者になっていた女殺しの嫌疑者だった事が、死んだアトからわかったんですって。そうして新高は東京でも一度トラックと正面衝突をして、コチラの女の助手が即死したのに、自分だけ不思議に助かった事があるが、その時の説明のし方がよかったお蔭で無事に放免された経験の持ち主である。だから今度もホントウは内縁関係の女車掌と一緒に自動車を汽車に轢《ひ》かして、自分だけ飛び降りるつもりだったかも知れないって書いてあったわ。智恵子さんも多分、お読みになったでしょう。
 アレみんなウソよ。新聞社と警察の作り事よ。妾に同情し過ぎているのよ。会社でも大層、妾の身の上に同情しているそうよ。おかしいわね。
 でも妾、平気よ。世の中ってソンナもんよ。神様の裁判だけが正しいのよ。
 ですから、あたし智恵子さんだけにホントの事をお知らせするわ。
 これから後ドンナ事があっても女車掌なんかになっちゃ駄目よ。
 妾みたいな女になっちゃダメよ。

     第六の手紙

 智恵子さん。貴女に最後のお手紙を上げますわ。
 あたしこのお手紙を出した後で、何処かへ行って自殺しますの。死骸は誰にも見せないようにしたいのですから、どうぞ探さないで下さい。
 すみませんけど新高さんと妾の写真も、着物も、貯金の帳面も、印形も、世帯道具や何やかやも、みんな一|纏《まと》めにして、貴女のアテ名で送り出して置きました。
 どうぞ貧しい人達に分けて上げて下さい。
 小学校に寄付して下すってもいいわ。小さなオルガンぐらい買うだけあるでしょう。
 あの色の黒い骸骨みたいな刑事さんの言葉はやっぱりホントウだったのです。今やっとわかりました。
 妾は新高さんと夫婦心中をしてみたかったのです。そうして出来るなら自分だけ生き残ってみたかったのです。
 そうして、それがその通りになったのです。
 ですから妾はホントウを言うと夫殺しだったのです。けれども新高はツヤ子さんの怨みの一念に取り殺されたと思って死んだのでしょう。妾のシワザとは夢にも思わないままだったのでしょう。新高はやっぱり妾を心から愛していたのでしょう。
 そう気が付いた妾はモウいても立ってもいられません。
 そればかりじゃないのです。妾のお腹に新高の赤ちゃんが出来ていたのです。それがこの頃になって、新高さんの事を思い出すタンビに心臓の下の方でビクリビクリと
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