りゃしないわ。妾は神様に感謝して喜んで泣いているのに、悲しんではいけない、身体に障《さわ》る障るって言うんですもの。妾その時にツクヅク思ったわ。女なんて滅多に慰めて遣るもんじゃないって。何を泣いているか知れたもんじゃないんですからね。
その車掌さんと看護婦さんの話を聞くと、妾はメチャメチャになったボデーの下に伏せられて、顔をシッカリと両手で隠して、手足をマン丸く縮めていたので、みんな感心したって言う話よ。キット衝突する前から、そうしていたのでしょう。
昨日臨床訊問て言うのがあったのよ。警察だの裁判所の人らしいイカツイ顔をした人が五、六人妾の寝台の廻りを取り巻いていろんな事を質問するの。ずいぶん怖かったわ。
妾が大きな声でストップって言ったけど新高さんが構わずに踏切を突切ったって言ったら、皆うなずいていたわ。新高さんのイツモの運転ぶりを知っていたのでしょう。香椎の踏切には自動信号機が是非とも必要だなんて話合っていたわ。
新高さんと内縁関係があるという話だが、ホントウかって鬚《ひげ》の生えた人が聞いたから、妾、ありますって言ってやったの。顔も何も赤くならなかったと思うわ。皆顔を見合わせて笑っていたようよ。そうしたら四十ぐらいの刑事巡査らしい、色の黒い骸骨みたいな男が、凹《くぼ》んだ眼を大きくギョロギョロさせながら、
「夫婦心中じゃないか」
って言ったの。そうして白い歯をむき出して笑ったから妾ギョットしちゃったわ。でも妾、頑固に頭を振ったもんだから、間もなくみんな帰って行ったわよ。
刑事なんて案外アタマのいいものね。その刑事の顔を思い出してもドキンとするわ。
妾、神様に感謝しているのよ。ヤケクソの妾が一緒に死ぬつもりでオーライって言ったのに、新高だけ殺して、妾だけ助けて下すったんですもの。
あたし頭の怪我がなおったらまた、ミナト・バスへ出て女車掌をつとめるわ。そうして今度こそ一生止めないわ。そうして女運転手になるわ。日本一の女運転手に……。妾これは神様の命令だと思っているの。
結婚なんか一生しないわ。妾は最早《もう》、女の一生の分ぐらい何もかもわかっちゃったんですからね。新高さんが生き返って来ない限り、ほかの男の人には用はないつもりよ。
新高さんの事がその時の新聞に大きく出ていたわ。「恐るべき色魔の殺人リレー」って言う標題でね。死んだ新高運転手は、東京
前へ
次へ
全113ページ中67ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング