悪くなって来るばかりであった。
「今に見ておれ。あの夫婦は碌《ろく》な死にようはせぬから……信心をせぬような犬畜生にはキット天道《てんとう》様の罰《ばち》が当る」
とか何とか蔭口を云う者が方々に出て来るようになったが、勿論それ位の事に驚くような牛九郎夫婦ではなかった。殊に住んでいる場所が場所だけに、村の人々の気持と全然かけ離れた別人種扱いにされながらも、平気で我利我利亡者《がりがりもうじゃ》に甘んじて、極めてヒッソリと暮しているのであった。
しかし、それでも、その丘の上一帯の森の木立は、流石《さすが》に昔の大きな深良屋敷の構えの面影を止《とど》めていた。夜になるとさながらに巨大な城砦か、神秘的な島影のように真黒々と星空に浮出して、昔ながらに貧弱な村の風景を威儼《いげん》していたので、小さな住居《すまい》に不似合な深良屋敷の名称も、自然、昔のまんまに残っているのであった。
その深良屋敷の老夫婦の間にはマユミという娘がタッタ一人あった。しかも、それが非常な美人だったので「深良小町」の名が近郷近在に鳴り響いているのであったが、可哀相な事にそのマユミは学問上で早発性痴呆という半分生れ付み
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