たような薄白痴《うすばか》であった。大まかな百姓仕事や、飯爨《めしたき》や、副食物《おかず》の世話ぐらいは、どうにかこうにか人間並に出来るには出来たが、その外《ほか》の読み書き算盤《そろばん》はもとより、縫針なんか一つも出来なかった。妙齢《としごろ》になっても畑の仕事の隙《ひま》さえあれば、蝶々を追っかけたり、草花を摘んだりしてニコニコしている有様なので、世話の焼ける事、一通りでなかったが、それを母親のオナリ婆さんが、眼の中に入れても痛くない位可愛がって、振袖を着せたり、洟汁《はな》を※[#「てへん+嚊のつくり」、第4水準2−13−55]《か》んでやったりしているのであった。
 しかし何をいうにも、そんな状態《ありさま》なので、誰一人婿に来る者が無いのには両親とも弱り切っていた。のみならず所謂《いわゆる》、白痴美というのであろう。その底無しの無邪気な、神々《こうごう》しいほどの美しさが、誰の目にもたまらない魅力を感じさせたので、さもなくとも悪戯《いたずら》好きな村の若い者は皆申合わせたように「マユミ狩」と称して、夜となく昼となく深良屋敷の周囲をウロ附いたものであった。マユミの白痴をいい
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