袋と靴下を穿《うが》ってサテ藁切庖丁を取出してみると、新しい柄《え》ですこしグラつくようである。そこで草川巡査が察したように、勝手口から外に出て、山梔《くちなし》の蔭の砥石に柄を打つけて抜けないようにすると、何度も何度も両手で振ってみて練習をしたが、中学時代に撃剣を遣っていた御蔭であったろう。スブリをかけている中《うち》に、さしもの重たい藁切庖丁が、さまで重たく感じないようになった。
 それから大胆にも奥座敷の電燈を灯けて一気に兇行を遂げ、血にまみれた兇器と襯衣《シャツ》や何かを一纏めにして、兼ねてから空隙《すきま》を作っておいた堆肥の下に鍬《くわ》の柄で深々と突込み、アトをわからないように崩し塞ぎ、附近の小川で顔や頭や手足を洗い清め、そのまま寝巻を着て寝床に潜り込んだが、又気がついて起上り、敷石の上を匍《は》いながら、顔を洗った小川の縁に来て、何か痕跡が残っていないかと、星明りに透かしてみたが、その時の方が余程恐ろしくて、寝床へ這入ってからもスッカリ眼が冴えてしまった。
 そんな事で神経が相当疲れていたのであろう。翌る朝、草川巡査に報告に行った時には、まさかこんな田舎の駐在所に居る屁
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