ウン……そうじゃろ、ハイハイ……何ですか……ハイハイ……その深良家と申しますのは村からチョット離れた小高い丘の上に在ります一軒家で、村の者は皆、深良屋敷深良屋敷と云っております。村でも一番の大地主で、この辺でも指折の富豪です。殺されたというのは、その老夫婦ですが……イヤイヤこの頃この国道にはソンナ浮浪人は通らないようです。以前はよくルンペンらしい者の姿を見かけましたが。ハ……ハイ。承知しました。私はこれから直ぐに現場へ参ります。ハ……お待ちしております」
 草川巡査は手早く帽子を冠《かぶ》って、官服のズボンに両脚を突込んで上衣《うわぎ》を引っかけた。編上靴《あみあげぐつ》をシッカリと搦《から》み付けて、勝手口から佩剣《はいけん》を釣り釣り出て来ると、国道とは正反対の裏山に通ずる小径《こみち》伝いにサッサと行きかけたので、表通りで待っていた一知青年は、慌てて追っかけて来た。
「アッ。こんな方へ行くのですか。山道はまだ濡れておりますよ。草川さん……」
 草川巡査も何やらハッとしたらしく、そういう一知の何かしら狼狽した、オドオドした眼付きを振返ると、ちょっと立止まって、その顔を穴のあく程凝視
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