てありますので、よくわかりませんが、枕元の畳と床の間のあいだが一面、血の海になっております」
「いつ頃殺されたんか。今朝か……」
「……わかりません。昨夜《ゆんべ》……多分……殺された……らしう御座います」
「泣くな――。たしかに死んでいるのだな」
「……ハイ……ツイ、今しがた、神林医師《かんばやしせんせい》を起して、見に行ってもらいましたが……まだ行き着いて御座らぬでしょう」
「うむ。一寸《ちょっと》待て……顔を洗って来るから」
 草川巡査は、裸体《はだか》のまま直ぐに裏口へ出て、冷たい筧《かけひ》の水で顔を洗った。それから大急ぎで蚊帳と寝床を丸めて押入に投込んで、机の上に散らばっていた高等文官試験準備用の参考書や、問題集を二三冊、手早く重ねて片付けると今一度、駐在所の表口へ顔を出した。
「一知……」
「ハイ」
「こっちへ這入《はい》れ、足は洗わんでもええから……」
 二人は駐在所の板の間に突立ったまま向い合った。草川巡査の小さな茶色の瞳は、モウ神経質にギロギロと輝き出していた。
「何時頃殺されたんか。わかっとるか」
 一知は潤《うる》んだ大きな眼をパチパチさせた。
「……わかりませ
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