い瞳は、いい知れぬ恐怖のためであろう。半面を蔽《おお》うた髪毛《かみのけ》の蔭から白いホコリの溜った硝子戸の割れ目を凝視したまま、奇妙にヒッソリと澄んでいた。慌てて走って来たものと見えて、手拭《てぬぐい》浴衣《ゆかた》の寝巻に帯も締めない素跣足《すはだし》が、灰色の土埃にまみれている。
 ……と……駐在所の入口になっている硝子戸が内側からガタガタと開《あ》いて、色の黒い、人相の悪い顔に、無精鬚《ぶしょうひげ》を蓬々《ぼうぼう》と生した、越中褌《えっちゅうふんどし》一つの逞ましい小男が半身を現わした。
「どうしたんか」
「アッ。草川の旦那さん」
 草川巡査は睡《ねむ》そうな眼をコスリコスリ青年の顔を見直した。
「何だ。一知じゃないかお前は……」
「はい。あの……あの……両親が殺されておりますので……」
「何……殺されている? お前の両親が……」
「はい。今朝《けさ》、眼が醒めましたら、台所の入口と私の枕元に在る奥の間《ま》の中仕切《なかしきり》が開け放しになっておりましたから、ビックリして奥の間の様子を見に行ってみますと、お父さんと、お母《っか》さんが殺されております。蚊帳《かや》が釣っ
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