「ですから、私のような偏屈者が警察に居りますと、何としても邪魔になりますらしいので、私が高等文官の試験準備を致しておりますのを良い事にして、田舎の方が勉強が出来るからと云って谷郷村へ逐《お》いやられてしまったのです」
「……成る程」
「……ですから今のような事実を説明しましても、上長に憎まれております私ですからナカナカ取上げてもらえまいと思いました。現に署長は、私が捜索を怠けておりますために、事件の眼鼻が附かないものと考えておられるようで、電話で度々お叱りを受けております。実際を御存じないものですから……」
「ふうむ。しかしそのような事実を、今日が今日まで私に黙っておられたのは何故ですか」
 鶴木検事の口調がダンダン裁判口調になって来た。草川巡査も、新しい西洋手拭《タオル》で汗を拭き拭きイヨイヨ吶弁になって来た。
「……その……今申しました犯人の性格をモット深く見究《みきわ》めたいと思いましたので……つまり犯人は都会の上流や、知識階級に多い変質的な個人主義者に違いないと思ったのです。もちろん最初の中《うち》は、そんなような感情や、理智の病的に深い人間が、あんな田舎に居ようとは思いませんでしたので……それに村民の評判がステキにいいものですから、出来る限り慎重に致したいと考えましたので……」
「成る程……」
「……そ……それにあの砥石の位置が、暗闇《やみ》の中で見えるか、見えないかが確かめて見とう御座いましたので……あの惨劇の晩は一片の雲も無い晴れ渡った暗夜《やみよ》で御座いましたが、その翌る晩から曇り空や雨天が続きまして、それが晴れると今度は月が出て来るような事で、まことに都合が悪う御座いました。それであの晩と同じような雲の無い暗夜《やみよ》が来るのを辛抱強く待っておりますうちに、やっと四五日前の晩に実験が出来ました。つまり台所の入口に立ちますと、あの砥石が井戸端の混凝土《タタキ》と一緒にハッキリと白く暗《やみ》の中に浮いて見える事がわかりました。もっとも、それはただ小さな白い、四角い平面に見えているだけで、砥石だか何だかわかりませんが、それを砥石と認め得る人間はあの家の者より他に無い筈です」
「いかにも……それは道理《もっとも》な観察ですが、しかし万一兇器としても単に柄《え》を嵌込《すげ》るだけの目的ならば、附近にシッカリした花崗岩《みかげいし》の敷石が沢山に在
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