ゃねえか」
「駄目だよ。浦塩《うらじお》の一粒|選《え》りを十七人も並べれあ、どんな盲目《めくら》だって看破《みやぶ》っちまわア」
「それにしても惜しいもんだナ。せめて比律賓《ヒリッピン》まででも許してくれるとなア」
「ハハハハまだあんな事を云ってやがる。……そんなに惜しけあ、みんな袋ごと呉れてやるから手前《てめえ》一人で片づけろ。割り前は遣らねえから」
「ブルブル御免だ御免だ」
「ハハハ見やがれ……すけべえ野郎……」
 そんな事を云い合っているうちに一人がマッチを擦《す》って葉巻に火を点《つ》けたようなの。間もなく美《い》い匂いがプンプンして来たから……。
 だけど妾はそのにおいを嗅《か》ぐと一緒に頭の中がシイーンとしちゃったの。身体《からだ》が石みたように固くなって息も吐《つ》けない位になっちゃったの。……だって妾みたようにしてこの軍艦に連れ込まれた者は、妾一人じゃないことが、その時にやっとわかりかけて来たんですもの……。妾のまわりにはまだ、いくつもいくつも支那米の袋が転がっているらしいんですもの……。おまけに、それをどうかしに来たらしい荒くれ男が三四人、平気で冗談を云い合いながら葉巻を吹かしているじゃないの……あんまり恐ろしい、不思議な事なので、妾は、あと先を考える事も何も出来やしなかったわ。ただ眼をまん丸に見開いて鼻っ先に被《かぶ》さっている袋の粗《あら》い目を凝視《みつめ》ながら、両方のお乳を痛いほどギュッと掴んでいたわ……夢じゃないかしらと思って……。
 でも、それは夢じゃなかったの……そうして歯を喰い締めて、一心に耳を澄ましていると、ゴットンゴットンという器械の音の切れ目切れ目に、ドド――ンドド――ンっていう浪《なみ》の音が、どこからか響いて来るじゃないの。……ええ……おおかた外《ほか》の女《ひと》達も妾とおんなじにビックリして小さくなっていたんでしょう。呼吸《いき》をする音も聞えない位シンとしていたようよ。
 そうしたら又その中《うち》に、その葉巻を持っているらしい男が、一としきりスパスパと音を立てて吸い立てながら、こんな事を云い出したの。
「待て待て。片づける前に一ツ宣告をしてやろうじゃねえか。あんまり勿体《もってえ》ねえから」
「バカ……止せったら……一文にもならねえ事を……」
「インニャ。このまま片づけるのも芸のねえ話だかんナ……エヘン」
「止せったらヂック……そんな事をしたら化けて出るぞ」
「ハハハハ……化けて出たら抱いて寝てやらあ……何も話の種だ……エヘンエヘン」
「止せったら止せ……馬鹿だなあ貴様は……云ったってわかるもんか」
「まあいいから見てろって事よ……これあ余興だかンナ……俺の云う事が通じるか通じないか……」
 って云ううちに、そのヂックって男は、又一つ咳払いをしながらハッキリした露西亜《ロシア》語で演説みたいに喋舌《しゃべ》り出したの。
「エヘン……袋の中の別嬪《べっぴん》さんたち。よく耳の垢《あか》をほじくって聞いておくんなハイよ。いいかね。……お前さん達はみんな情人《いいひと》と一緒になりたさに、こんな姿に化けてここへ担《かつ》ぎ込まれて来たんだろう。又……お前さん達の情人《いいひと》も、おんなじ料簡で、お前さん達をここまで連れて来たんで、決して悪気じゃなかったんだろうが、残念な事には、それが出来なくなっちゃったんだ。いいかい……だからね。……エヘン……だから怨むならばだ……いいかい……怨むならば、お前さん達の情人《いいひと》にこんなステキな智恵を授けた、ヤングという豪《えら》い人を怨まなくちゃいけないんだよ。……それからもう一人……この艦《ふね》に乗っている俺たちの司令官《たいしょう》を怨みたけあ怨むがいいってんだ。……イヤ……事によると、その司令官《たいしょう》だけを怨むのが本筋かも知れないがね……どっちにしても、お前さん達のいい人や、そんな連中に頼まれた俺達を怨んじゃいけないよ。いいかい……という訳はこうなんだ。先刻《さっき》ヤングさんが司令官《たいしょう》に、お前さん達を亜米利加《アメリカ》まで連れてっていいかって伺いを立ててみたら、亜米利加の軍艦の中には、食料品《たべもの》より以外《ほか》に肉類《にく》を一切置いちゃイケナイってえ規則になっているんだッてさあ……だからね……折角《せっかく》ここまで来ているのをホントにお気の毒でしようがないけど、ちょうど風も追い手のようだから、お前さん達はその袋のまんま、海を泳いで浦塩《うらじお》の方へ……」
 ここまでその男が饒舌《しゃべ》って来たら、あとは聞えなくなっちゃったの。だって妾のまわりに転がっている十いくつの袋の中から、千切《ちぎ》れるような金切声が一どきに飛び出して、ドタンバタンとノタ打ちまわる音がし始めたんですもの。中には聞い
前へ 次へ
全14ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング