…睡っちゃ嫌《いや》よ。……睡らないで聞いて頂戴ってばさあ……まあ嫌だ。本当に酔っちゃったのね……人が一生懸命に話しているのに……。
……ね……わかったでしょう……あんたにもわかったでしょう。妾のそうした気持ちが……ね……妾、お酒に酔って云っているのじゃないのよ……いいこと……ね。ね。だから妾は今夜こそイヨイヨ本当にあんたを殺そうと思って、ワザワザこの短剣を買って来たのよ。英国|出来《でき》の飛び切りっていうのをサア。一寸《ちょっと》御覧なさいってば……このよく斬れること……妾の腕の毛がホラ……ヒイヤリとして……ね。ステキでしょう。いいこと。……この切《き》っ尖《さき》であんたの心臓をヒイヤリと刺しとおして、その血のついた刃先《はさき》を、すぐにズブズブと妾の心臓に突き刺して死んで終《しま》おうと思っているのよ……トテモ気持ちのいい心臓と心臓のキッスよ。ヤングが教えてくれた世界一の贅沢な……一生に一度っきりの……。
アラッ……妾今やっと思い出したわ。日本の言葉で、こんな遊びの事をシンジュウっていうんでしょう、ね、ね。
……サア。本気で返事して頂戴よ。睡らないでサア。サアってばサア。……いいわ。妾あんたが睡ってたって構わないから……そのまんま突き刺しちゃうから……いいこと……? ねッ……死んでくれるでしょう。ね……いいこと……殺しても……嬉しい……じゃ……お別れの乾杯よ……ね……そうして寝床へ行くのよ……サア……。
底本:「夢野久作全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年3月24日第1刷発行
底本の親本:「押絵の奇蹟」春陽堂
1932(昭和7)年12月14日発行
初出:「新青年」
1929(昭和4)年4月号
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2005年6月15日作成
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