泣き出させたの。眼が醒めてから後《あと》までも、妾は、そんな言葉の意味を繰り返し繰り返し考えながら眼をまん丸く見開いて、いつまでも暗い天井を見詰めていたわよ。
 そのうちに十日ばかりも経つと、凍傷《しもやけ》の方が思ったよりも軽く済んだし、針金の痕《あと》も切れ切れになってお化粧で隠れる位に薄れて来たの。それにつれて身体《からだ》がもとの通りに元気付くし、口もどうにか利けるようになって来たので、寝ているわけにも行かなくなって、思い切って舞踏場へ出て見たら、間もなく、あんたが遊びに来たでしょう。
 それあ不思議といえばホントに不思議でしようがないのよ。妾はあんたに会ったのが、神様の引き合せとしか思えないのよ。だって初めてあんたに会ったあの晩ね、あの晩から妾はピッタリと、そんな怖い夢を見なくなったのよ。おまけに前と比べると丸で生れかわったように饒舌娘《おしゃべり》になってしまってね……そうしてそのうちに、あんたがたまらない程可愛いくなって来るにつれて、あのヤングが云っていた色んな言葉の本当の意味が、一つ一つに新しく、シミジミとわかって来たように思うの。そうしてヤングから教《おそ》わった色んな遊びをあんたに教えて見たくてしようがなくなって来たの。それも、当り前の打《ぶ》ったり絞《し》めたりする遊びなんかじゃ我慢出来ないの……一と思いにあんたを殺すかどうかして終《しま》わなくちゃトテモやり切れないと思うくらい、あんたが可愛いくて可愛いくてたまらなくなったのよ。
 ……妾、それをやっとの思いで今日まで我慢していたのよ。何故って、万が一にも妾からそんな話を切り出したら、あんたがビックリして逃げ出すかも知れないと思ったからよ。……だけど、それがもう今夜という今夜になったらトテモ我慢がし切れなくなっちゃったのよ。
 妾はきょうも、いつものように日暮れ前からこの室に這入《はい》って、お掃除を済まして、ペーチカに火を入れたの。そうしてスッカリお化粧を済ましてから、あんたを待ち待ち昨夜《ゆうべ》の飲み残しのお酒を飲んでいたら、そのうちに室《へや》の中が静かアに暗くなってね。向家《むこう》の屋根の雪の斑《まだら》と、その上にギラギラ光っている星だけがハッキリと見えるようになって来たじゃないの……妾もうスッカリあの晩と同じ気もちになってしまってね……たまらなく息苦しくて息苦しくて……。アラ…
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