ねえんだかんナ……ヤングはそこを睨んでいるんだよ」
「アハハハハ違《ちげ》えねえ。豪《えれ》えもんだなヤングって奴は……」
「アハハハハハハハ」
「イヒヒヒヒヒヒヒ」
 ……妾こんな話をきいているうちにハッキリと意味はわからないまま、もうスッカリ大丈夫なような気になって、グーグー睡ってしまったのよ。
 ええ……それあ大胆といえば大胆なようなもんよ。だけど、その時の妾はもう大胆にも何にも仕様《しよう》のない位ヘトヘトに疲れていたんですもの。最前からオブラーコで飲んだお酒の酔いと、今まで苦しいのを我慢していた疲労《つかれ》が一時《いちどき》に出ちゃって、いつ軍艦が出帆の笛を吹いたか知らないまんまに睡っていたわ。
 だけど、そうして眼が醒めてからの苦しくて情なかった事……軍艦の器械のゴットンゴットンという響きが身体《からだ》に伝わるたんびに、毛布ごしに床板に押しつけられている背中と、腰骨と、曲ったまんまの膝っ節《ぷし》とが、まるで火が付いたように痛むじゃないの。妾はもう……早くヤングが来てくれればいい。そうしたら水か何か一パイ飲ましてもらわなくちゃ、咽喉《のど》がかわいて死ぬかも知れない。そうしてモット大きな袋に入れてもらわなくちゃ……と、そればっかり考えていたわ。そうして人にわからないように少しずつ寝がえりをしかけていると、不意に頭の上で誰かが口を利き出したので、妾は又ハッとして亀の子のように小さくなってしまったの……それは何でも三四人の男の声で、妾のすぐ傍に突立《つった》って、先刻《さっき》から何か話していたらしいの……。
「まだルスキー島はまわらねえかな」
「ナニもう外海《そとうみ》よ」
「……ワン。ツー。スリー。フォーア……サアテン。フォテン……おやア……一つ足りねえぞこりゃア……フォテン。フィフテン。シックステン……と……あっ。足下《あしもと》に在《あ》りやがった。締めて十七か……ヤレヤレ……」
「……様《さま》と一緒なら天国までも……って連中ばかりだ」
「惜しいもんだなあ……ホントニ……おやじせえウンと云えあ、布哇《ハワイ》へ着くまで散々《さんざっ》ぱら蹴たおせるのになア」
「馬鹿野郎。布哇《ハワイ》クンダリまで持って行けるか。万一見つかって世界中の新聞に出たらどうする」
「ナアニ。頭を切らして候補生の風《ふう》をさせとけあ大丈夫だって、ヤングがそう云ってたじ
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