なんぞ無かったんですもの。妾がヤングに欺されているように思うのはソレアあんたの嫉妬《やきもち》よ……まあいいから黙ってお酒を飲みながら聞いていらっしゃい。あんたの気もちはよくわかっているんだから。もっとおしまいまで聞いて行くうちには、ヤングが云った事が本当か嘘かわかるから……ね……。
 ……そうしたらね……。
 そうしたら、あとに残って妾を抱えている二人の足音が又一つ、急な段々を降りて行くと、どこか遠い処に黄色い電燈がたった一つ点《とも》っている、暗い、板張りらしい処に来たの。それと一緒に二人の男は、イキナリ妾を固い床の上にドシンと放り出したもんだから妾は思わず声を立てるところだったわ。だけど又それと一緒に、これはどこか近い処に人間が居るからで、妾を荷物と見せかけるために、わざとコンナ乱暴な真似をしたのに違いないと気が付いたの。それでやっと我慢して、放り出されたなりにジッとしていたら、そのうちに誰も居なくなったのでしょう。二人の男は大きな声で話をしいしいユックリユックリと室《へや》を出て行ったの。
「アハハハハハ。もう大丈夫だ。泣こうが喚《わめ》こうが」
「ハハハハハハ。しかしヤングの智恵には驚いちゃったナ。露西亜《ロシア》の娘っ子なんて、コンナに正直なもんたあ思わなかったよ」
「ウーム。こんな素晴らしい思い付きは、彼奴《あいつ》の頭でなくちゃ出て来っこねえ。何しろ革命から後《のち》ってものあ、どこの店でも摺《す》れっ枯《か》らしを追い出して、いいとこのお嬢さんばかりを仕入れたっていうからな……そこを睨んだのがヤングの智恵よ」
「成る程ナア……ところでそのヤングはどこへ行きやがったんだろう」
「おやじん処《とこ》へ談判に行ったんだろう。生きたオモチャをチットばかし持込んでいいかってよ」
「……ウーム。しかしなア……おやじがうまくウンと云えあ良《い》いが……」
「それあ大丈夫よ。それ位の智恵なら俺だって持っている。つまり時間が来るまでは、他の話で釣っといて、艦《ふね》の中を見まわらせねえようにしとくんだ。そうしてイヨイヨ動き出してから談判を始めせえすれあ、十が十までこっちのもんじゃねえか。……まさか引っ返す訳にも行くめえしさ」
「ウーム。ナアルホド。下手を間誤付《まごつ》けあ、良い恥晒《はじさら》しになるってえ訳だな」
「ウン……それにおやじだって万更《まんざら》じゃ
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