り嬉しかったもんだから、思い切りヤングに飛び付いてやったわ。そうして無茶苦茶にキスしてやったわ。
ヤングも嬉しそうだったわよ。今までになく大きな声を出して歌を唄ったりしてね。そうして妾に、
「……それではドッサリお酒を飲みながら待っていて下さい。今夜は特別に寒いようだから、袋の中で風邪を引かないようにね。私はこれから袋を取りに行って来ますから」
って、そう云ううちに帽子を冠《かぶ》って外套を着て、どこかへ出て行ってしまったの。
妾、そん時に一寸《ちょっと》心配しちゃったわ。ヤングがそのまんま逃げて行ったのじゃないかと思ってね……だけど、それは余計な心配だったのよ。ヤングは間もなくニコニコ笑いながら帰って来て妾の顔を見ると、
「……おお寒い寒い……一寸《ちょっと》、その呼鈴《ベル》を押して主人を呼んでくれませんか」
って云ったの。妾、ヤングの足があんまり早いのでビックリしちゃってね。
「まあ……今の間《ま》にもう海岸まで行って来たの……そうして袋はどこに持って来たの……」
って聞いたらヤングは唇に指を当てて青い眼をグルグルまわしながら妙な笑い方をしたの。
「シッ……黙っていらっしゃい……近所の支那人に頼んで外に隠しておいたのです。今にわかりますから……」
ってね……そう云ううちに主人が這入って来たら、ヤングはいつもの通りその晩妾を買い切りにして、お料理やお酒をドンドン運び込ませて、妾に思い切り詰め込ましたのよ。……途中でお腹が空《す》かないようにね……そうして主人にはドッサリチップを呉《く》れて、面喰《めんくら》ってピョコピョコしている禿頭《はげあたま》を扉《ドア》の外へ閉《し》め出すとピッタリと鍵をかけながら、
「明日《あす》の朝十時に起してくれエッ」
……て大きな声で怒鳴《どな》ったの。そうしておいて妾の手をシッカリと握ったヤングは、あの窓を指さしながらニヤニヤ笑い出したのよ……。
妾ヤングの怜悧《りこう》なのに感心しちゃったわ。あの窓はその時まで、もっと大きな二重|硝子《ガラス》になっていて、その向うには、あんな鉄網《かなあみ》の代りに鉄の棒が五本ばかり並んでいたんだけど、その硝子《ガラス》窓を外《はず》して、鉄の棒のまん中へ寝台《ベッド》のシーツを輪にして引っかけて、その輪の中へ突込んだ椅子の脚を壁のふちへ引っかけながら、二人がかりでグイグイと
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