ら妾はあんたを離れない。一緒に軍艦に乗って行く」
……って云って死ぬ程泣いて泣いて泣いて泣いて何と云っても聴かなかったの。しまいには首ッ玉に獅噛《しが》み付いて、片手で軍服のポケットをシッカリ掴んで離さなかったの……。
ヤングは本当に困っていたようよ。軍服の肩の処に顔を当ててヒイヒイ泣きじゃくっている妾を膝の上に抱き上げたまま、暫らアくジッとしていたようよ。けれどもそのうちにフイッと何か思出《おもいだ》したように私の顔を押し離すと、私の眼をキット睨《にら》まえながら、今までと丸で違った低い声で、
「ワーニャさん。いい事がある」
って云ったの。私はその時、何だかわからないままドキンとして泣き止みながらヤングの顔を見上げたら、ヤングは青白――イ、気味の悪い顔になって、私の眼をジ――イと覗き込みながらソロソロと口を利き出したのよ。前とおんなじ低い声でね……。
「ワーニャさん。いい事がある。貴女《あなた》がそれ程までに私の事を思ってくれるのなら、一つ思い切った事を遣《や》っつけてくれませんか。私が今から海岸の倉庫へ行って大きな麻の袋を取って来ますから、その中へ這入ってくれませんか。毛布を身体《からだ》に巻きつけておけば、人間だか荷物だかわからないし、寒くもないだろうと思いますから、そうして私の荷物に化けて軍艦に来て物置の中に転がっていてくれませんか。そうすれば、そのうちに私がうまく父親の司令官に話して、貴女を士官候補生の姿にして、私の化粧室に住まわせて上げますから……その話が出来るまで三度三度の喰べ物は、私が自分で持って行って上げます。随分窮屈で辛《つら》いでしょうけれども、暫くの間と思いますから辛棒《しんぼう》してくれませんか」
……って……ネエあんたどう思って……トテモ、ステキな思い付きじゃないの……イイエ、ヤングは本気で、そう云っていたのよ。妾を欺《だま》していたんじゃないの。もうすこし先までお話するとわかるわ……ええ今話すわよ。話すからもう一杯飲んで頂戴……曹達《そうだ》を割って上げるからね……。
妾《わたし》、この話を聞くと手をタタイて喜んじゃったわ。だって今までに活動や何かで見たり聞いたりした「恋の冒険」の中《うち》のどれよりもズット素敵じゃないの。女の児《こ》が支那米《しなまい》の袋に這入って、軍艦に乗って戦争を見物に行くなんて……ねえ……妾あんま
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