に連れて二人の助太刀も、同じ門下の兄弟子二人と知れましたが、それにしてもその返り討《うち》にした片相手は何人《なにびと》であろう。助太刀共に三人共、相当の剣客と見えたのを、羽織も脱がぬ雪駄穿《せったばき》のままあしろうて、やがて一刀の下に斬棄てたまま、悠々と立去る程の御仁のお名前が、江戸市中に聞こえておらぬ筈はないと申しましてな……」
「ハハハ。友川の兄御も、お役を退《ひ》かれた久世殿もその名前を御存じではあったろうが、何《な》にせい相手が霞が関の黒田藩となると事が容易でないからのう」
「御意の通りで御座います。……ところがここに又、左様な天下の御威光を恐れぬ無法者が現われました……と申しますのは、その御免状を盗みました掏摸《すり》の女親分で御座いまして、当時江戸お構いになっておりました旅役者上りの、外蟇《そとがま》お久美と申しまする者が、その評判に割込んで参いりましたそうで……」
「うむ。いよいよ真相《しょうもく》に近づいて来るのう」
「御意《ぎょい》に御座いまする。そのお久美と申しまするは、まだ二十歳《はたち》かそこらの美形《びけい》と承りましたが、世にも珍らしい不敵者で、この評判を承りますると殊《こと》の外《ほか》気の毒がりまして、お相手のお名前は妾《わたし》が存じておりまする。キット仇《かたき》を取って進ぜまするという手紙を添えて、大枚の金子《きんす》を病身の兄御にことづけた……という事が又、もっぱらの大評判になりましたそうで……まことに早や、どこまで間違うて参りまするやら解からぬお話で御座いますが……」
「ハハハ。世間はそんな物かも知れんて……」
「しかし、いか程お江戸が広いと申しましても、それ程に酔狂な女づれが居りましょうとは、夢にも存じ寄りませなんだが……」
「ウムウム。その事じゃその事じゃ。何を隠そう拙者も江戸表に居る中《うち》にそのような評判を薄々《うすうす》耳に致しておるにはおったがのう。多分、そのような事を云い触らして名前を売りたがっておるのであろう。真逆《まさか》……と思いながら打ち忘れておったところへ平馬殿の話を承ったものじゃから、実はビックリさせられてのう。あんまり芝居が過ぎおるで……」
「御意に御座いまする。もっともあの女も最初は、まだ評判の広がらぬ中《うち》に、御免状とお手形を使うて、関所を越えようという一心から、敵討《かたきうち》に
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