らニコニコしながら道具を解いた。手酷しい稽古を附けてもらった平馬は息を切らして平伏した。これも大喜びで居残って一柳斎の晩酌のお相手をした。
一柳斎は上々の機嫌で胡麻塩《ごましお》の総髪を撫で上げた。お合いをした平馬も真赤になっていた。
「コレ。平馬殿……手が上がったのう」
「ハッ。どう仕りまして、暫くお稽古を離れますと、もう息が切れまして……ハヤ……」
「いやいや。確かに竹刀《しない》離れがして来たぞ。のう平馬殿……お手前はこの中《じゅう》、どこかで人を斬られはせんじゃったか。イヤサ、真剣の立会《であ》いをされたであろう」
平馬は無言のまま青くなった。恩師の前に出ると小児《こども》のようにビクビクする彼であった。
「ハハハ。図星であろう。間合いと呼吸がスックリ違うておるけにのう。隠いても詮ない事じゃ。その手柄話を聴かして下されい。ここまでの事じゃから差し置かずにのう」
いつの間にか両手を支《つか》えていた平馬は、やっと血色を取返して微笑した。叱られるのではない事がわかるとホッと安堵して盆《さかずき》を受けた。赤面しいしいポツポツと話出した。
ところが、そうした平馬の武骨な話しぶりを聞いている中《うち》に一柳斎の顔色が何となく曇って来た。しまいには燗《かん》が冷《さ》めても手もつかず、奥方が酌に来ても眼で追い払いながら、しきりに腕を組み初めた。そうして平馬が恐る恐る話を終ると同時に、如何にも思い迷ったらしい深い溜息を一つした。
「ふううむ。意外な話を聞くものじゃ」
「ハッ。私も実はこの不思議が解けずにおりまする。万一、私の不念《ぶねん》ではなかったかと心得まして、まだ誰にも明かさずにおりまするが……」
「おおさ。話いたらお手前の不覚になるところであった」
「……ハッ……」
何かしらカーッと頭に上って来るものを感じた平馬は又も両手を畳に支《つ》いた。それを見ると一柳斎は急に顔色を柔らげて盃をさした。
「アハハ……イヤ叱るのではないがのう。つまるところお手前はまだ若いし、拙者のこれまでの指南にも大きな手抜かりがあった事になる」
「いや決して……万事、私の不覚……」
「ハハ。まあ急《せ》かずと聞かれいと云うに……こう云えば最早《もはや》お解かりじゃろうが、武辺の嗜《たしな》みというものは、ただ弓矢、太刀筋ばかりに限ったものではないけにのう……」
「……ハ……ハイ…
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