ロンを極めるというのがこの連中の定型《おきまり》と聞いた……歎かわしい奴輩《やつども》ではある……。
 そう考えるうちに若い平馬の腕が唸って来た。
 ……自分はお納戸《なんど》向きのお使番《つかいばん》馬廻《うままわ》りの家柄……要《い》らざる事に拘《かか》り合うまい……。
 とも考えたが、気の毒な若侍の姿を見ると、どうしても後《あと》へ引けなかった。黒田藩一刀流の指南番、浅川一柳斎の門下随一という自信もあった。去年の大試合に拝領した藩公の賞美刀、波《なみ》の平行安《たいらゆきやす》の斬味《きれあじ》見たさもあった。
 その鼻の先で鬚武者が今一度|点頭《うなず》き合った。
「サアサア。問答は無益じゃ無益じゃ。一所に来たり来たり。アハハハ……アハアハ……」
 女と侮《あなど》ったものか二人が前後から立ち寄って来るのを若侍はサッと払い除《の》けた。思いもかけぬ敏捷《はや》さで二三足横に飛んだと思うと、松の蔭から出て来た平馬にバッタリ行き当った。
「……アッ……」
 と叫んだ若侍が刀の柄に手をかけたが、その利腕を掴んだ平馬は、無言のまま背後《うしろ》に押廻《おしま》わした。二人の浪人と真正面に向い合った。
「……何者ッ……」
「邪魔しおるかッ」
「名を名宣《なの》れッ」
 という殺気立った言葉が、身構えた二人の口から迸《ほとばし》った。
「ハハ。名宣《なの》る程の用向きではないが……」
 平馬は落付いて笠を脱いだ。若侍も平馬を味方と気付いたらしい。背後《うしろ》で踏み止まって身構えた。
「委細は聞いた。貴公達が肥後の御仁という事もわかったが、しかし大藩の武士にも似合わぬ見苦しい事をなさるのう……」
「何が見苦しい」
「要らざる事に差出《さしで》て後悔すな」
「ハハ。それは貴公方に云う事じゃ。関所の役人は幕府方と心得るが、貴公方はいつ、徳川の手先になった」
 二人はちょっと云い籠められた形になったが、間もなく平馬が、まだ青二才である事に気が付いたらしい。心持ち引いていた片足を二人ともジリジリと立て直して来た。
「フフフ。武士たる者が松原稼《まつばらかせ》ぎをするとは何事か。両刀を手挟《たばさ》んでいるだけに、非人乞食よりも見苦しいぞ」
 平馬がそう云う中《うち》に、相手はいつとなく左右に離れていた。こうした稼ぎに慣れ切っているらしく、平馬が持っていた菅笠を、背後《うしろ》の
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