を載せて、鼻の頭をチョット白くした小娘が、かしこまってお酌をした。済まし返ってハキハキと物云う小娘であった。
「……ここは茶室か……」
「ハイ。このあいだ、清見《せいけん》寺の和尚様が見えました時に、主人が建てました」
 平馬は床の間の掛物を振り返った。
「あの蝦夷菊はこの家《や》の庭に咲いたのか」
「いいえ。あの……お連れの奥方様が、お持ちになりました」
「……ナニ……奥方様……」
 小娘は無邪気にうなずいた。
「フーム。どんな奥方様か……」
 小娘はちょっと眼を丸くした。
「旦那様は御存じないので……」
「……ウムム……」
 平馬は行き詰まった。知っていると云って良いか悪いか見当が付かなくなったので……。
「……あの……黒い塗駕籠《ぬりかご》の中に紫色の被布《ひふ》を召して、水晶のお珠数《じゅず》を巻いた手であの花をお渡しになりました。挟箱《はさみばこ》持った人と、怖い顔のお侍様が一人お供《とも》しておりました」
「ウーム。不思議だ。わからぬな……」
「ホホホホホホホ……」
 小娘は声を立てて笑った。冗談と思ったらしかった。
「旦那様は鯉のお刺身と木の芽田楽が大層お好きと、その御方《おかた》が仰言《おっしゃ》りました。それで兄《あに》さんが大急ぎで作りました」
 平馬はモウ一度膳部を見廻したが、思わず赤面させられた。小田原で酔うた紛れに美味《おいし》い美味いと云って、無暗《むやみ》に頬張った事を思い出させられたので……しかし……その中《うち》にフト青い顔になると、急に盃を置いて、小娘の顔を見た。
「……ちょっと主人を呼んでくれい」
「ハイ……」
 と云ううちに小娘は燗瓶《かんびん》を置いて立上った。ビックリしたらしくバタバタと出て行った。
「……これはこれは……まだ御機嫌も伺いませいで……亭主の佐五郎|奴《め》で御座りまする。……何か女中が無調法でも……ヘヘイ……」
「イヤ。そのような話ではない。ま……ズット寄りやれ。実は内密の話じゃがの……」
「ヘヘ……左様で御座いましたか。ヘイヘイ……それに又、申遅《もうしおく》れましたが、先程は、お連れ様から、存じがけも御座いませぬ……」
「アハハ。実はそのお連れ様の事に就いて尋ねたいのじゃが……」
「ヘエヘエ……どのような事で……」
「その、お連れ様という奥方風の女は、どのような人相の女であったろうか……」
「……ヘエッ
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