なり》の家《うち》の中をば、火の玉が転めき廻わるチウお話で……」
と魘《おび》えたような眼付をした。その火の玉というのは、犯人が被害者の隠している金《かね》を探している懐中電燈の光りじゃなかろうか……といったような想像が、直ぐに頭へピーンと来た。だいぶ神経が過敏になっていたらしい。
「隣家《となり》の地面はまだ売れないんですね」
と店先の燐寸《マッチ》でバットに火を点《つ》けて神経を鎮《しず》めながら聞くと、
「イイエ。貴方《あなた》。人殺しのあった家《うち》チウて、あんまり評判が悪う御座いますけに誰も買いに来《き》なざっせん。わたしの家も気味の悪う御座《ござん》すけに、どこかに移転《うつ》ろうて云いおりますばってんが、この頃、一軒隣に、新しい理髪屋《かみつみや》が出来まして、賑やかしうなりましたけに、どうしようかいと考え居《と》ります」
「ヘエ。あの理髪屋《とこや》はここいらの人ですか」
「いいえ。どこの人か、わかりまっせんばってん、親方さんが愛嬌者だすけに、流行《はや》りおりますたい。あなた……」
「僕は隣家《となり》の空屋を見たいんですがね」
「ヘエ……あなたが……」
「僕が……実は隣家《となり》を買いたいんですが」
お神さんは妙な顔をして吾輩を見上げ見下《みおろ》した。ドンナに見上げても見下しても家屋敷を買おう……なんていう御仁体《ごじんてい》でない事を自覚していた吾輩は、内心ヒヤヒヤしながら拾い物のステッキを斜《ななめ》に構えて、バットの煙を輪に吹いて見せた。するとお神さんが、慌てて襟元を繕《つくろ》って、櫛巻髪《くしまきがみ》を撫で上げて敬意を払ったところを見ると、多分ソレ位の金持に見えたのであろう。
「ヘエ。それは貴方……それならこの家《うち》の裏からお這入りなさいまっせえ。表の戸口は鍵掛《かか》ってはおりまっせんばってん、裏口の方からは眼立ちまっせんけに……どうぞ……」
お神さんは吾輩が、もしかすると隣家《となり》へ来る人かも知れないと思ったらしく早くも親切と敬意を見せ初めた。ここで本格式に行くとこのお神さんを捕まえて、根掘り葉掘り当時の状況を聞き訊すところであったが、気が急《せ》いていたのであろう、吾輩はそのまま駄菓子屋の裏庭を通り抜けて、問題の空屋の裏口から、コッソリと這入って行った。
勿論被害者の後家さんが何とか処分したものと見えて、
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