ちている扉《ドア》を押すと、イキナリ販売兼、会計部らしい広間に這入った。しかし人間は一人も居ない。マン中の鉄火鉢の前に椅子を引き寄せた小使らしい禿頭《はげあたま》が、長閑《のどか》に煙草を燻《くゆ》らしているだけだ。
「きょうはお休みなんですか」
 と少々面喰った顔で吾輩が尋ねると、禿頭《はげあたま》の小使が悠々と鉈豆煙管《なたまめぎせる》をハタイた。
「イイエ。販売部は正午《おひる》切りであすが……何か用であすな……」
 と云い云い如何にも横柄《おうへい》な態度で、自分の背後の古ぼけたボンボン時計を見た。二時半をすこし廻わっている。少々心細くなって来た。
「アノ編輯長は居られるでしょうか」
「編輯長チウト……津守《つもり》さんだすな」
「ええ。そうです。そのツモリ先生に一寸《ちょっと》お眼にかかりたいんですが……」
「何の用であすか」
「新聞記事の事ですが」
「……………………………」
 小使は中々腰を上げない。苦り切った表情で又も一服詰めて悠々と鉄火鉢の中に突込んだ。吾輩は心細いのを通り越して腹が立って来た。コンナケチな新聞社にコンナ図々しい小使が居る。まさか社長が化けているのじゃあるまいに……と思いながら……。
 するとそのうちに小使がヤットコサと腰を上げた。煙管を腹がけの丼《どんぶり》に落し込みながら、悠々と俺の前に立塞がって、真黒な右手をニューと差し出した。俺は面喰って後退《あとずさ》りした。
「何ですか……」
「名刺をば……出しなさい」
 吾輩は街頭強盗《ホールドアップ》に出会った恰好で、恐る恐る名刺を渡した。「中央毎夕新聞編輯部|羽束《はつか》友一」と印刷した最後の一枚を……。
 小使は、この名刺をギューと握り込んだまま、吾輩の直ぐ横に在る真暗い、泥だらけの階段を上って行った。その一足|毎《ごと》に、そこいら中がギシリギシリと鳴って、頭の上の天井の隙間からポロポロとホコリが落ちて来たのにはイヨイヨ驚いた。
 たまらない不安な気持で待っているうちに、階段の上から大きな声がした。
「コチラへ上って来なさっせえ」
 どこの階段でも一気に駈け上るのが癖になっている吾輩もこの時ばかりは気が引けた。匐《は》い上るような恰好で、杖を突張り突張り段々を踏んだ。スッカリ毒気を抜かれていたばかりじゃない。古い板階段の一つ一つが、磨り残ってビィヨンビィヨンしている上に、下向
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