ないように手を突込んでみた。
羊歯の葉が指の先に触った。それから柿……と思ううちに電車が駅前の交叉点のカーブを曲ったので車内が一斉にヨロヨロとよろめいた。その拍子に思わずグッと手を突込んでみると、固い、四角い、新聞包みらしい箱に触った。その箱の中央に何かしら金具らしいガタガタするもの……麻雀《マージャン》?……
……何をするんです……
といわんばかりに若い男が眼を剥《む》いて吾輩を睨み付けた。青白い、鼻の高い、眉の一直線な、痩せこけた男だ。どこかで見たような顔だ……とは思ったがその時はどうしても思い出せなかった。まだ、さほど寒くもないのに黒い襟巻を腮《あご》の上まで巻き付けていたせいかも知れない。そうして慌てて果物? の包みを左に持ち換えた。その態度を見た瞬間にハハア……怪しいナ……と気付いた吾輩は、何気なく笑って見せた。
「イヤ失礼しました。田舎の電車は揺れますから……」
ナアニ、東京の電車だって揺れるのだが、取りあえず、そんなチャラッポコを云って相手の顔をジロジロと見ると、その男は忽ち頬を真赤に染めて、ニヤリと笑い返しながらヒョコリと一つ頭を下げた。喧嘩したら損だと気付いたのであろう。そのまま何となく落付かない恰好で背中を丸くしながら、次第次第に前の方へ行くと、身動きも出来ない乗客の間を果物の籠で押分け押分け袖の下を潜るようにして運転台へ出て、呉服町交叉点から一つ手前の店屋町《みせやまち》停留場へ近づくと、まだ電車が停まらないうちに運転手台の反対の方からヒラリと車道へ飛び降りた。その時に果物の籠の中でガチャリと音がした。疑もない麻雀《マージャン》の音だ。……ここいらの奴はまだ麻雀なるものを知らないらしいが……それを聞いた瞬間に、最前新聞社で聞いた急報電話の内容がモウ一度耳の穴の中で繰り返された。……税関……税関がどうしたんだ……何だ……マージャン……マージャンたあ何だ……。
吾輩は運転手に切符を渡すと、横っ飛びに電車から降りて、角の焼芋屋の活動ビラの蔭に佇んだ。向う側を見ると、飛び降りた若い男は、スレ違って停車した電車の蔭に隠れるようにして西門《にしもん》通りの横町に走り込んだ。
走り込んだと思うと、取っ付きの薬屋に這入って仁丹《じんたん》を一袋買った。それから暑そうに汗を拭き拭き鳥打帽と釣鐘マントを脱いで、果物の包みの上に蔽いかけたが、今までの風呂
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