でも彼でも此の疑いを晴らさなければトテモたまらない……と云った気持にフラフラと此処まで追い遣られて来た彼自身ではなかったか……。
そう思い思い彼は依然として、躊躇するでもなく、しないでもないフラフラとした恰好で店の中へ這入《はい》ったのであった。
「いらっしゃいまし」
と云うイガ栗頭の中小僧の愛嬌顔と、縞の筒ッポーが彼の眼に映った。しかし空ッポになった彼の頭は、それ以外の事を何一つ印象し得なかった。其処で其の中小僧にドンナ事を尋ねたかすら記憶しないまま又もフラフラと店を出た。
「イイエ。その方は御自分で新聞記者とは仰有《おっしゃ》った様でしたが……主人がお相手を致して居りましたので、よくわかりませんでしたが、別にお言伝も何もありませんでしたよ。御座いましたら主人が出がけに申残して行く筈ですが。ハイ。お客様のお買物について何か二言三言お尋ねになりましたきりで、その椅子に腰を卸して煙草を召あがりながら、表の通りをボンヤリと眺めてお出でになる様でしたが、そのままユックリユックリ出てお出でになったんですが……」
と云う雄弁な中小僧の言葉を片耳に残しながら……。
……村井は吾々を撒く為に此店へ立寄ったのだ。新聞記者である彼が……あんなにまで熱心な態度を見せていた彼が、事件を見かけてコンナに緩《ゆっく》り緩りした行動を執る筈はない。そんな傍道の仕事よりも、カンジンの犯人の追跡の方が、はるかにお得意の彼ではなかったか……
津村はソンナようなモヤモヤした疑いの雲を、今までの疑いの上にモウ一つ包みかけながら何時の間にか往来を歩き出していた。老人の様に背中を曲げて、眼の前の空間を凝視して、彼の頭の中のように夕霧の立籠めた中からポカリポカリと光り出して来る自動車の燈火《あかり》やネオンサインに魘《おび》え魘えよろめいて行くうちに、余程長いこと歩いたのであろう。眼の前の半空に大きく「あづま日報社」と輝き現わした三色のネオンサインの交錯を仰いだ。そのうちに、
「ハハア。これは村井が出て居る新聞社だな。そんなら、俺は此処へ村井を探しに来たんだな……」
という事実をやっと意識した彼は、いつも村井に会いに行く時の習慣を無意識の中《うち》に繰返しながら、トラックの出口から中庭へ這入って、編輯局の裏梯子《うらばしご》を登った。何処をどう歩いて、ドンナ事を考えて来たかわからないまま、熱病患者のようにヘトヘトになっている彼自身の身体《からだ》と頭を、無理矢理に上へ上へと押し上げながら……
鉄梯子の上の写真製版室から真白い光明が、眼も眩《くら》むばかり射出されていた。その蔭になって彼が登って行くのが見えなかったのであろう。彼の頭がモウ二三歩で階段の上に出ようとした処へ、ちょうど編輯局の裏廊下に当る窓の処から、慌しい会話が聞えて来た。
「オイ。何処へ行くんだ!」
「アッ。君だったのか……君……村井は何処へ行ったか知らないかい」
「知らないよ。今日は来ない様だがね……何か事件かい」
「ウン。チットばかり凄いんだ。星田が引っぱられたんだ」
「星田……星田って何だい。議員かい」
「馬鹿。この間会ったじゃ無いか。村井と一緒に……」
「アッ。あの星田が……探偵小説の……ヘエッ。賭博《ばくち》でも打ったのかい」
「……そんな処じゃ無いんだ。殺《や》ったらしいんだ」
「アハハ。初めやがった。モウ担がれないよ」
「馬鹿……冗談じゃ無いぞ。警視庁に居る戸田からタッタ今電話がかかって来たんだ。各社とも騒いで居るんだが、何か一つ特種を市内版までに抜かなくちゃならないんだ」
「村井は居ないのかい」
「チェッ。だから君に聞いているんじゃないか。彼奴《あいつ》が居ると星田の事は尻ベタのホクロまで知って居るんだが、きょうに限って居ないもんだから編輯長《おやじ》がプンプン憤《おこ》って居るんだ」
「村井はモウ事件に引っかかって居るんじゃ無いかな」
「ウン。そいつもあるね。何とも知れねえ。しかし取りあえず困った問題が一つ在るんだ。そいつに弱ってるんだ」
「何だ……その問題ってのは」
「○○《ヒミツ》だぜ……絶対に……」
「……むろん……見せ給え。その紙を……」
「フーン。……サイアク……オククウ……何だいコリャ……」
「……シッ……編輯長《おやじ》にも伏せて在るんだ。戸田から掛かって来た電話を俺が聞きながら書き止めたんだ。何でもコイツが特種中の特種らしいんだ」
「フウン。どうして……」
「ウン、それがね。本社《うち》の戸田と三田村がきょうの警視庁詰でね。新米の三田村を案内して遣る積りで裏口の方へまわると、例の正岡と刑事二三人に囲まれてコッソリ自動車から降りて来る若い奴の顔を見るなり探偵小説好きの三田村が大きな声で……アッ……星田さんが……と叫んだものだ。するとその声を聞き付けた星田が戸田の
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