のようにヘトヘトになっている彼自身の身体《からだ》と頭を、無理矢理に上へ上へと押し上げながら……
 鉄梯子の上の写真製版室から真白い光明が、眼も眩《くら》むばかり射出されていた。その蔭になって彼が登って行くのが見えなかったのであろう。彼の頭がモウ二三歩で階段の上に出ようとした処へ、ちょうど編輯局の裏廊下に当る窓の処から、慌しい会話が聞えて来た。
「オイ。何処へ行くんだ!」
「アッ。君だったのか……君……村井は何処へ行ったか知らないかい」
「知らないよ。今日は来ない様だがね……何か事件かい」
「ウン。チットばかり凄いんだ。星田が引っぱられたんだ」
「星田……星田って何だい。議員かい」
「馬鹿。この間会ったじゃ無いか。村井と一緒に……」
「アッ。あの星田が……探偵小説の……ヘエッ。賭博《ばくち》でも打ったのかい」
「……そんな処じゃ無いんだ。殺《や》ったらしいんだ」
「アハハ。初めやがった。モウ担がれないよ」
「馬鹿……冗談じゃ無いぞ。警視庁に居る戸田からタッタ今電話がかかって来たんだ。各社とも騒いで居るんだが、何か一つ特種を市内版までに抜かなくちゃならないんだ」
「村井は居ないのかい」
「チェッ。だから君に聞いているんじゃないか。彼奴《あいつ》が居ると星田の事は尻ベタのホクロまで知って居るんだが、きょうに限って居ないもんだから編輯長《おやじ》がプンプン憤《おこ》って居るんだ」
「村井はモウ事件に引っかかって居るんじゃ無いかな」
「ウン。そいつもあるね。何とも知れねえ。しかし取りあえず困った問題が一つ在るんだ。そいつに弱ってるんだ」
「何だ……その問題ってのは」
「○○《ヒミツ》だぜ……絶対に……」
「……むろん……見せ給え。その紙を……」
「フーン。……サイアク……オククウ……何だいコリャ……」
「……シッ……編輯長《おやじ》にも伏せて在るんだ。戸田から掛かって来た電話を俺が聞きながら書き止めたんだ。何でもコイツが特種中の特種らしいんだ」
「フウン。どうして……」
「ウン、それがね。本社《うち》の戸田と三田村がきょうの警視庁詰でね。新米の三田村を案内して遣る積りで裏口の方へまわると、例の正岡と刑事二三人に囲まれてコッソリ自動車から降りて来る若い奴の顔を見るなり探偵小説好きの三田村が大きな声で……アッ……星田さんが……と叫んだものだ。するとその声を聞き付けた星田が戸田の
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