パーセントに満足させてくれるのはポオとルベルである。月夜の海上の大渦に巻き込まれ損《そこ》なって、一夜の中《うち》に白髪になってしまった青年の話。絞め殺した友人の心臓に耳を当てて鼓動音が消えてなくなってから床下に埋めておくと、毎晩寝がけにウトウトしかけた時にその耳の底にコビり付いている友人の心臓の鼓動音がハッキリと聞えて来るので、毎日毎夜睡ることが出来ない。とうとう発狂して床板をめくり初めた……という話なぞトテモたまらない。何かそこいらのものをタタキ付けたい気持になる。
ルベルはポオの直系の神経を持っている。タッタ今大金を呉れた人が投身自殺した騒ぎを「オヤ。又誰か死んだそうな」とトボケて聞いている盲目の乞食。自分が殺した妻君を火葬場へ送る前に、名残《なごり》を惜しんだ体《てい》に見せかけるべく撮影した写真の乾板を、同情した友人と一所《いっしょ》に泣きの涙で現像してみると、その死顔の瞼が動いてボヤケていたというストオリイなぞ、思わずゾッとして地団太を踏みたくなる。
私はポオとルベルの恐怖、戦慄の美を心の底から讃嘆したい。日本では江戸川乱歩さん、城昌幸さんのに、その直系の流れを見る。水谷準、角田喜久雄、葛山二郎さんにも、そうした恐怖美、戦慄詩が歌われている。それが理屈なしに私を感激させ驚嘆させる。こうした感激と驚嘆のために私は生甲斐を感じているのではあるまいか。
中世以前は到る処戦争ばかりで恐怖と戦慄の時代であった。だからその時代の芸術作品には平和と幸福の讃美に類するものが多かった。
これに反して現代は幸福と安定の時代である。だからその芸術作品に恐怖と戦慄が求められるのは当然である――といったような理屈を並べてみても、こうした私の恐怖美、戦慄詩の愛好癖は決して説明されない気がする。
誰か説明してくれませんか。
底本:「夢野久作全集11」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年12月3日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:小林徹
2001年7月25日公開
2006年3月5日修正
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