今から考えると余程|狼狽《ろうばい》していたらしいのですが、そのうちに、どうしたわけか機関銃の音が、パッタリと止《や》んでしまいましたけれども、私の戦友たちは、なおも逃げるのを止《や》めません。やがて、その影がだんだんと小さくなって、森に近づいたと思うと、先登《せんとう》に二人の将校、そのあとから十一名の下士卒が皆無事に森の中へ逃げ込みました。その最後に、かなり逃げ後《おく》れたリヤトニコフが、私の方をふり返りふり返り森の根方を這い上《のぼ》って行くのがよく見えましたが、ウッカリ合図をして撃たれでもしては大変と思いましたので、なおも身を屈《かが》めて、足の痛みを我慢しながら、一心に森の方を見守って、形勢がどうなって行くかと心配しておりました。
 すると又、リヤトニコフの姿が森の中へ消え入ってから十秒も経たないうちに……どうでしょう。その森の中で突然に息苦しいほど激烈な銃声が起ったのです。それは全くの乱射乱撃で、呆《あき》れて見ている私の頭の中をメチャメチャに掻《か》きみだすかのように、跳弾があとからあとから恐ろしい悲鳴をあげつつ森の外へ八方に飛び出しているようでしたが、それが又、一分間
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