血を享《う》けていることが、その清らかな眼鼻立ちを見ただけでもわかるのでした。
彼はこの村に来て、私と同じ分隊に編入されると間もなく、私と非常な仲良しになってしまって、兄弟同様に親切にし合うのでした。……といっても決して忌《いま》わしい関係なぞを結んだのではありませぬ。あんな事は獣性と人間性の矛盾を錯覚した、一種の痴呆患者のする事です……で……そのリヤトニコフと私とは、何ということなしに心を惹《ひ》かれ合って隙《ひま》さえあれば宗教や、政治や芸術の話なぞをし合っているのでしたが、二人とも純な王朝文化の愛惜者であることが追々《おいおい》とわかって来ましたので、涙が出るほど話がよく合いました。殺風景な軍陣の間に、これ程の話相手を見つけた私の喜びと感激……それは恐らく、リヤトニコフも同様であったろうと思われますが……その楽しみが、どんなに深かったかは、あなたのお察しに任せます。
けれども、そうした私たちの楽しみは、あまり長く続きませんでした。その後間もなくセミヨノフ軍の方では、この村に白軍が移動して来たことを、ニコリスクの日本軍に知らせるために、私達の一分隊……下士一名、兵卒十一名に、二人の将校と、一人の下士を添えて斥候《せっこう》に出すことになりましたのです。さよう、……連絡斥候ですね。実は私は、それまで弱虫と見られていて、そんな任務の時にはいつでも後廻しにされていたので、今度も都合よく司令部の勤務に廻わされていましたから、占《し》めたと思って内心喜んでいたのですが、思いもかけぬ因縁に引かされて、自分から進んで行くようなことになりましたので……というのは、こんな訳です。
その出発にきまった前日の夕方に……それは何日であったか忘れてしまいましたが、私がリヤトニコフや仲間の分隊の者に「お別れ」を云いに司令部から帰って来ますと、分隊の連中はどこかへ飲みに行っているらしく室《へや》の中には誰も居ません。ただ隅ッこの暗い処にリヤトニコフがたった一人でションボリと、革具《かわぐ》の手入れか何かをしていましたが、私を見ると急に立ち上って、何やら意味ありげに眼くばせをしながら外へ引っぱり出しました。その態度がどうも変テコで、顔色さえも尋常でないようです。そうして私を人の居ない廏《うまや》の横に連れ込んで、今一度そこいらに人影の無いのを見澄ましてから、内ポケットに手を入れて、手紙の
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