る。
 探偵小説の使命はそこに生まれた。探偵小説の真使命はここに在った。本格と変格、いずれの名に於てもここ以外になかった。
 こうした趣味、傾向は科学を愛好する人間の趣味、傾向、もしくはモット大きい本能と一致している。
 科学は、すべての尊といもの、美しいもの、不可思議なものを信じなかった。就中《なかんずく》、神によって作られた宇宙万有の美しさと不可思議さを絶対に信じなかった。その神秘をドン底まで探偵して、電子の作用に過ぎない事を計数の上で嘲笑し、その信仰心理を徹底的に分析して、|+−0《プラスマイナスゼロ》式な利己人の表現に過ぎないと喝破し、一切の美を醜悪な、又は単純無趣味な、直線、もしくは曲線にまで分解し、罵倒しつくした。宗教は阿片《インチキ》である。芸術は自涜である。恋愛は性欲以外の何者でもないとまで弁証して痛快がるに到った。
 この故に古来の幾多の科学者――近代文明の創設者は皆、神と道徳に反逆するところの、恐るべき探偵趣味の所有者であった。従ってその発表するところの論文は皆、最も実際的な探偵趣味の発露であり、その作り出すところの薬品と器械は皆、神と自然とを破壊し嘲罵するところの犯罪用具そのものであった。
 この故にコペルニクスの探偵趣味は生命《いのち》がけの地動説を発表して聖書のインチキを曝露し、羅馬《ローマ》法王を狼狽、震駭《しんがい》させた。この故にニュートンの探偵趣味は一個の林檎から万有引力の緒を掴んで、大宇宙の神秘をペン先に飜弄しつくして、まだ見ぬ海王星の存在を海王星自身に立証させた。この故に名探偵ダーウィンと、ウォーレスは同時に万有進化の原則を看破し、「人間は猿の子孫である。神の後裔《こうえい》ではない」と結論して、全人類をガッカリさせた。
 この故にこの千古不滅の探偵本能を、科学が生むところの社会機構に働きかけさせ、この無良心無恥な、唯物功利道徳が生むところの社会悪に向って潜入させ、その怪奇美、醜悪美を掲出し、そのグロ味、エロ味の変態美を凄動させ、その結論として、その最深部に潜在する良心、純情をドン底まで戦慄させ、驚駭させ、失神させなければ満足しない芸術を探偵小説と名付けられる事になったのである。
 この故に探偵小説は現在の如く、ほかの芸術のアパートに間借りして、小さくなって生活すべき性質のものでない。近い将来に於て、過去の一切の芸術を圧倒し、圧
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