市はフラフラ眠り初めた。
 憲作は徳市の頭を鋏《はさみ》でハイカラに苅り上げた。
 美人は徳市の髭《ひげ》と襟《えり》を綺麗に剃った。
 二人していつの間にかねむっている徳市をゆり起し、顔や手足を洗わせ、着物を脱がせて身体を拭い上げ、美事な背広や中折や靴やオーバーを与えて立派な紳士に作り上げた。そうして二階へ連れ上げた。
 徳市はやっと眼をさました。そこは立派な居間で真中の机に洋食弁当の出前が二つと西洋酒の瓶が二三本並んでいた。
 憲作は美人を徳市に紹介した。
  僕の家内の美津子です……
 徳市は夢に夢見るようにお辞儀をした。しきりに洋服の着工合を直した。しかし眼の前に御馳走を並べられると真剣に喰い付いた。
 憲作と美津子は顔を見合わせて笑った。

     ―― 6 ――

 憲作は徳市を連れて二三町往来を歩いた。
 徳市は酔って満腹して紳士になって夢心地でついて行った。
 憲作は辻待《つじまち》自動車を呼んで二人で乗って、東京第一の宝石店王冠堂へ来た。自動車を表に待たしたまま中に這入った。
 憲作は入口の処で徳市に云った。
  何でも黙って……
  うなずいているのですよ……
 
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