徳市はわけもなくうなずいた。
憲作は帳場の方へ行った。
徳市は店の鏡にうつった自分の姿を見てハタと立ち止まった。……素晴しい若紳士……日に焼けた……骨格の逞ましい堂々たる最新流行……
憲作は番頭の久四郎《きゅうしろう》に名刺を出して叮嚀にお辞儀をした。
私は横浜の足立家の者ですが……
若様の御婚約の品を……
ダイヤの指環《ゆびわ》か何か……
憲作は言葉の中に徳市を指《ゆびさ》した。
番頭の久四郎はチラリと徳市の様子を見た。
徳市は大鏡の前に立って慣れた手附きでネクタイを締め直していた。
番頭久四郎は名刺を見た。
――足立商会会計主任 大島鹿太郎――
久四郎は揉み手をしながら品物を取りに行った。
徳市がネクタイを締直すと間もなく、鏡の奥に見える入口の硝子扉《ガラスど》が開いて母親らしい貴婦人に連れられた令嬢が這入って来たのが見えた。その令嬢は和装で女優かと見える派手好みであった。徳市はふり返って恍惚《こうこつ》となった。
憲作が徳市の前に来てヒョコリとお辞儀をした。
若様……
一寸《ちょっと》品物を御覧遊ばして……
徳市は気の向かぬげに帳場の方へ連れて行かれた。
憲作はそこに拡げられたダイヤ入りの指環のケースをあれかこれかと撰《よ》って見せた。
徳市は上《うわ》の空《そら》で唯うなずいてばかりいた。
令嬢が近附いて来て徳市の前に拡げられた指環のケースを見た。その中の一つを欲しそうにした。
憲作は最大のダイヤを撰り出して徳市にさし付けた。
令嬢の眼はそのダイヤに注いだ。怪しく光った。
徳市は憲作の手からその指環を取り上げてもとの通りケースに納めた。令嬢の前に押し進めた。
どうぞお撰り下さい……
私共はあとで宜《よろ》しゅう御座います……
憲作と久四郎は妙な顔をした。
貴婦人と令嬢は云い知れぬ感謝の眼付きをした。
令嬢は恥じらいながら辞退した。
まあ……
どうぞお構いなく……
あの……
貴婦人も感謝に満ちた表情で云った。
ま……
恐れ入ります……
イイエ……どう致しまして……
徳市は幾度も手を振った。
私のは贈り物にするのですから……
ちっとも構いません……
さあどうぞ……
憲作と久四郎は別々に苦笑しながら三人の様子を見ていた。
令嬢は辞退しかねた。嬌態を作っ
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