はうなだれて合宿の方へ歩いた。途中のバアの前で何度も立ち止まったが、懐《ふところ》へ手を入れると諦めて歩き出した。

     ―― 3 ――

 徳市はとある淋しい横町を通りかかった。
 立派な紳士が一人徳市のうしろから現れた。徳市の様子に眼をつけるとツカツカと近寄って肩に手をかけた。
 徳市は立ち止ってふり返った。
 紳士はニコニコして云った。
  若いの……
  一寸《ちょっと》そこまで来ないか……
  うまい仕事があるんだが……
 徳市は帽子を脱いだ。オズオズしながら云った。
  どんな御用ですか旦那……
 紳士は又ニッコリした。
  今夜十二時迄……
  君の身体《からだ》を借《か》してくれれば……
  十円上げるがどうだね……
 徳市は妙な顔をした。しかし又思い直した。決心したらしくお辞儀をした。
  お伴しましょう……
 紳士はうなずいた。ポケットから煙草を出して徳市にすすめた。マッチを擦って徳市のにつけてやり自分も吸い付けると、先に立ってあるき初めた。
 徳市も従《つ》いて行った――横町から――横町へ――

     ―― 4 ――

 紳士はとある路地の入口で立ち止まった。その角の家の硝子《ガラス》扉を押してふり返った。
 徳市はその家の小さな表札を見た。
 ┌────────┐
 │ 津島貿易商会 │
 └────────┘
 紳士は眼くばせをして中に這入《はい》った。
 徳市も這入った。中は立派な事務室であった。
 紳士は手ずから瓦斯《ガス》ストーブに火をつけて電気をひねった。その前の椅子に徳市を坐らせて差し向いになった。机の上の呼《よ》び鈴《りん》を押した。
 次の室《へや》へ通ずる入り口から眼の覚めるような美人が現れた。愛想よく叮嚀に徳市にお辞儀をした。
  いらっしゃいませ……
 徳市は慌てて礼を返した。
 美人は戸棚の内からウイスキーの瓶とコップを取り出して、二人の中に並べてなみなみと注《つ》いだ。
 徳市はお辞儀しいしい吸い付いた。
 紳士も一息に干した。
 美人は又一杯注いで叮嚀に徳市に一礼して次の間へ去った。
 紳士は溢るるばかりの愛嬌を見せて徳市に云った。
  承知してくれるでしょうね……
 徳市は飲みさして顔を上げた。口を拭いて真面目な顔になった。肩で息をしながら云った。
  どんな仕事でしょうか……
 紳士はますますニコニコ
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