得るのか……この種の小説で純日本式の気分を取り扱ったものとしては谷崎潤一郎のものを読んだ記憶があるだけであるが、これは又、全然、別世界を作った純真、純美なものではないか……と思うと、感激とも感謝とも形容の出来ない、タマラナイ読後感に囚われて、眼を大きく大きく見開きながら、いつまでもいつまでも同じクラ闇を凝視させられた事でした。
私は、こうして初めて乱歩氏の偉大さを知ったのでした。硝子《ガラス》窓が深夜にワナワナとふるえるようなポーのペンに対して、眼の球《たま》が白昼にトロトロと流れ落ちるような乱歩氏の筆が対立している事を初めて知ったのでした。
ポーが地上に残したモノスゴイ薬品のにおいに対して、乱歩氏が生み出すオドロオドロしい黒砂糖の風味が存在している事を、生れて初めて教えられたのでした。
私はソレ以来、江戸川乱歩というペンネームの安っぽさを、忘れてしまったのでした。そうして、それと同時に……かどうかわかりませんが……日本人のこうした種類の作品を、いつの間にか軽蔑しないようになっていたのでした。
大変に失礼な引例のしかたですが、正直のところ、小酒井不木氏の「恋愛曲線」を読んで、乱歩氏とは違った感じの「美の戦慄……戦慄の美」が日本にもう一つ存在する事を知ったのは、たしかに、それから後の事でした。甲賀三郎氏の「従弟の死」を読んで、純日本式の「良心の遊戯のモノスゴサ」がズンズン開拓されつつある事を知ったのも、それから後の事でした。羽志主水氏の「監獄部屋」に両手を握り合わせ、城昌幸氏の「神ぞ知ろし召《め》す」に襟を正し、渡辺温氏の「可愛相な姉」に素敵を叫けび、小舟勝二氏の「或る百貨店員の話」に頭を下げ得るアタマになる事が出来ましたのも、やはり、それ以来の事に相違ないと思われるのです。
そうしてソレ以来、私は乱歩氏の幾多の作品を読んで、或はその脚色に失望し、又はその作風の執拗さに幾度となく反感をそそられながらも、その全体を通じての、氏、独特の筆力と、持ち味の魅力に引きずられながら、ある時は、その一と息の長さに「トテモ敵《かな》わぬ」と歎息させられたり、又は「成る程、そんな方向からも見られるものかナア」と首肯させられたりしつつ「やはり、こんなものは乱歩氏でなくては……」と時折りに思い思い今日に到ったものでした。
「陰獣」では、その読者を引っかけて、引きずり込んで行く、新らしい蜘蛛の糸のような底深い筆のネバリと、飜弄自在なトリックに恐れ入りつつ、その脚色の末尾のドンデン返しの一節に到って「牛鍋」の中から「牛の毛」を発見させられた程度の残念さを、シミジミ味わせられた事でした。
「人間椅子」では、あの主人公の性格をもう一息、突込んで脚色してもらいたいと思いながらも、椅子というものの不可思議な感じを、あそこまでエグリ付けられた氏の大手腕に、羨ましいまで感心させられてしまいました。
「赤い部屋」では、その前置きの材料を集められたハタラキと、その配列と、トリック、脚色を、あそこまで洗練し、有機化しつつ、最後に茶化してしまわれた大器量に対して、思わず「満点」を叫ばせられました。
「踊る一寸法師」では、その材料のステキサと、ノロノロと推移するリズムの詩的?なモノスゴサに、それらの出来事のワザトラシサをハッキリと気付きながらも、喜んで魅惑されて行きました。
「屋根裏の散歩者」では、おしまいにあのキザな、あらずもがなの素人探偵が出て来て、下らなく威張り散らしたために、スッカリ打ち壊されたように思いましたが、しかし、殺人行為までの前半の興味は、私をかなり夢中にしてしまいました。その中でも、被害者が毒を飲まされてから息を引き取る迄の手みじかな、平気な描写は、描写ではない真実の光景として、覗いている節穴の形と一所に、今でも私の眼に滲《し》みついております。
これに反して「パノラマ島奇譚」では、ほとんど初めからおしまいまでスッカリ失望させられてしまいました。前半の作者の苦心や、後半の作者の気持ちよさが、どこまでもアクドク受け取られただけで、私としての収穫は、コンクリートの柱から引き出された女の髪の毛一本だけと云ってもよいのでした。
けれども最近に「蟲」を読みました時には、乱歩氏の頭脳のスゴサに徹底的にハネ飛ばされてしまった感じがしました。
もっとも「蟲」の主人公が殺人を遂行する迄の筋道は何となく冗長なようで、あまり感心しませんでした。しかもその冗長さは、乱歩氏独特の気味のわるいネバリを持ったものでなくて、幾分固くるしいような感じのものでした。
それから今一つその終末に、主人公が屍体に爪と頭を打ち込むところで、何となく「余計な真似」というような感じがしました。これが乱歩氏の特徴で、同時に弱点に相違ない。「悪夢」の結末ではこうした頭の余力?が全体を悪夢
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