…又は、全然誰にも問題にされないにせよ……結局するところ、そうした先輩の高潔な恩誼に対するセメテモの感謝の表現になりはしまいか……否……そうした方法に従って、作り飾らぬ自己を先輩の前に投げ出す事が、こうした文筆上の恩誼に対する、唯一無上の正しい感謝のしかた[#「しかた」に傍点]ではないかしらん……。
……こう考え付きますと私は、急に勇気が出て来ました。そうして何でも構わない……猟奇社の計略にかかっても……逆上したと思われても構わないから、今まで思っていた通りの事を、遠慮なく書いてみようという気になりました。
或は、これは、私の腹の中に溜まっている乱歩氏の深い印象が、書きたい衝動となって現われたもので、私としては一種の軽挙と見るべきものかも知れませぬ。又、このような私的な考えから出た投稿をするという事は、本誌の読者に対しては勿論のこと、乱歩氏に対しても済まない事になりはしないか……というような事も考えられます。しかし、このような機会以外に、私が自由な「乱歩論」を書き得る場合は、将来、滅多に来ないような気がしましたから、一つは書かして頂く考えになったのです。同時に、おなじ書くにしても、当らず触らずの八百長式のものしか書けない位ならば、私は結局、駄目な人間だ……とも思いましたので、かように行きなり放題に筆を進める気になったのです。
前置きが大層長くなりましたが、これも私の「乱歩論」の重要な一部です。
どうぞ深く咎《とが》めずに読んで下さい。
◇
私は、乱歩氏の作品の全部を通読している訳ではありませぬ、ただ好きなものを繰り返し繰り返し読んでいるだけで、発表された年代や順序なぞは、調べてみようと思った事もありませぬ。これは乱歩氏の作品に限らず、ほかの小説でも同様で、調べること嫌いの私は「猟奇」とか「探偵」とかいう名目すらも、ツイこの五六年前までは、赤の他人の名前と同様に、通りすがりに記憶しているくらいの事でした。
その後に私は、友達の処に在る雑誌の中で、偶然に乱歩氏の「心理試験」を読んだのですが、興味に釣られて一気に読まされたにも拘《かか》わらず、その内容に対しては、一種の失望を禁じ得ませんでした。
「日本人は直ぐに西洋人の真似をするのだナ」
と思いながら「エドガー、アラン、ポー」「エドガワ、ランポ」と心の中で繰り返して、何とも云えない物足りなさを感じた事を、今でもハッキリと記憶しています。
それから矢張り同氏の作にかかる「D坂の殺人」「二銭銅貨」なぞを、作者の力に引き付けられて次から次に読みは読みながら、構想や行文の苦心が一つ残らず西洋人の模倣に見えて仕様がありませんでしたので、巻を蔽《おお》うと同時に、二度と読む気がしなくなったものでした。そうして、
「江戸川乱歩は要するにエドガア、アラン、ポーに対するエドガワ、ランポに過《すぎ》ないのかナ」
なぞと思い思いした事でした。
ところが、私のこうした乱歩氏に対する失望感は、同氏の「白昼夢」を読むと同時に、あとかたもなく引っくり返ってしまったのでした。
それは古本屋の店頭にゴミクタのように投げ出されてあった、表紙も奥もないボロボロの数十頁でしたが、その中に「江戸川乱歩」の署名がありましたので、私は又かと思いました。そうして読むともなく読んで行きますと、今度は「チョットいいなあ」と思いましたので、その汚ない数十頁を、たしか二銭か三銭ばかりで買いました。
それから山の中の一軒屋の寝床の中に落ち付いて、今一度繰り返して読んでみたのですが、そのうちに、私はスッカリ昂奮させられて、眠られなくなってしまいました。
私はズット前に或る処で、改葬に立ち会った事がありますが、その時に出て来た屍体の白い腐肉、褐色の血? 死水に浮く脂肪? のかがやき、太陽の黄色い臭気なぞ……それは今思い出してもウンザリして唾を吐きたくなる位ですが、そうした太陽の下のタマラナイ感じの数々を、私はソックリそのまま「白昼夢」の中に発見したのです。しかも、私にとっては一カタマリの不快感に過ぎないそのような印象を乱歩氏は細かに、やわらかに分解し、象徴化し、詩化し、小説化し得る人である事を、私はふるえ上るほど、うなずかせられたのです。
……白昼の人通りの中で、天日に顔を晒《さら》しながら、ダラシなく涙を流す中年男……うす暗いところで開け放しにされている水道の栓……ドラッグの人形の奇妙な形と光り……その中に交《まじ》った生《う》ぶ毛だらけの実物標本……そのようなものが力なくつながり合い、重なり合いながら描き出す白昼夢の交響楽……事実以上のこころの真実……虚偽以上の自然の虚偽……その純な、日本風な、ヤルセのない魅力に、私はスッカリ強直させられてしまいました。
……日本でもコンナ小説が生み出され
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