関係を充分に承知していながら「乱歩論」を書けという猟奇社の注文は、とりも直さず文筆上の重刑でなくて何でしょう。……精神的な火渡り刑でなくて何でありましょう。
 乱歩氏が「久作論」を書かれるのは何でもないにしても、私の方はナカナカそうは行きませぬ。「売名」「軽薄」「増長」の誹《そし》りを免れない事は明白で、猟奇社はつまるところ面白半分に、横綱とトリテキを組み合わせようとしているのじゃないか知らん……猟奇的な悪趣味から、私を引っぱり出そうと試みているのじゃないか知らん……というような一種の遠慮とヒガミを兼ねたような反撥感から、私はいつまでも返事を出さずにおいたのでした。猟奇の編輯者には相済まぬ事ながら、わざと黙殺を希望していたのでした。
 ところが最近に猟奇社から再度の催促状を受け取って、ジット眺めておりますと、又、何となく気が変わって来ました。以上述べて来ましたような私の態度が、何となく卑怯なもののように感じられて来ました。先輩の機嫌を窺うと同時に、自分の世間的立場を傷《きずつ》けまいとするような当世思想に囚《とら》われていた私の考えが、アリアリと見え透いて来たように思いました。そうしてそれが云うに云われず不愉快になって来たのでした。
 乱歩氏は全くの見ず知らずの私の作品に対して、何等の顧慮も気兼《きがね》もなしに、一個人としての飽く迄も清い、高い好意を寄せられたのです。心から「シッカリ遣《や》れ」と云って下すったのです。しかも、そうした乱歩氏の先輩らしくもない……大家らしくもない……ホントウの涙ぐましい御好意に対して、私は一度も赤裸々の私をお眼にかけた事がないのです。タッタ一度、自分の作品に対する同氏の批難を、取り繕《つくろ》い勝ちに承認した手紙を差出した記憶があるだけで、同氏の作品を公けに評した事なぞは神かけてないのです。
 勿論これは恩誼《おんぎ》ある先輩に対する気兼ねからでもあり、同時に自分の無学から来るヒケメからでもあったのですが、しかし他人は知らず江戸川乱歩氏のそうした恩誼に対して、私がそのような世間的の甲羅や着物を被《か》むっているという事は、却《かえ》っていけない事ではあるまいか。寧《むし》ろこれを機会に、そんなものをカナグリ棄てて、同氏に対する私のホントウの感想を、出来るだけ明白に披瀝したならば、それが私としてドンナニ不徳な、僭越な所業となるにせよ…
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