として裏書きすべく、スバラシク成功しているが、「蟲」や「陰獣」では却って失敗に帰している。これは多くの作者に共通した迷いの種かも知れぬが……又読者の好みや、玩味の程度にも依る事であろうが……と思いました。
 ……とはいえあの「蟲」の主人公が、女優の屍体を土蔵の中からトウトウ取り出し得ずに、変テコになってヘタバッてしまう迄の極度にあられもない気分の変幻を、あんなに平気で扱い去った筆力の凄まじさには「鬼か人か」と叫びたいくらい、参《ま》いらせられてしまいました。私の寡読のせいかも知れませぬが、あのような描写を見せられた事は、今までに一度もなかった事を、私は躊躇《ちゅうちょ》せずにお答えする事が出来ます。
 まだこの外にも乱歩氏の作品は色々読んでおります。評させて頂きたい事も山々ありますが、一々こんな風に書いて行くと大変ですから略させて頂きます。

 以上……私は自分勝手な理由の下に、あまりにも大胆に、乱歩氏を冒涜して来ました。全く未見の先輩、且つ恩人である乱歩氏に対する私の、私的な感じを、あまりにも無遠慮に述べ立ててしまいました。
 これが「猟奇」の読書諸賢に対して、どのような感じをあたえるか……そうして、それがどのような天罰、もしくは人罰となって報いられて来るか……というような事を、私は出来るだけ考えずに書いて来ました。或はこれは人知れず、心の中で思うべき種類の感想で、徳義上、社交上、発表を許されない程度のものかも知れない……と思いましたが、文壇の儀礼を体験した事のない私は、そんな事も問題にしまいと思って……眼をつぶって……自分の一切を棚に上げて……手加減なしにグングン書いて来ました。
 これだけ書くために、精神的な意味で生命《いのち》がけの思いをしている事をお察し願って、すべてを許して頂けますれば、私の面目これに過ぐるものはありませぬ。



底本:「夢野久作全集11」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年12月3日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:mineko
2001年4月23日公開
2006年2月26日修正
青空文庫作成ファイル:
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