たしどうしようかと思って、休みの時間に手紙をいじりまわしておりますといつの間にか封筒の下の方の糊が離れて中味が脱け出して来ましたの。そうして悪いことはわかっていたのですけど、あんまり心配ですから玲子はその手紙の中味を読んでしまいましたの。
玲子はビックリしてしまいました。そうして十二時の休みの時間に大急ぎでこの手紙を書きました。お友達からお金を借りて速達で出します。
そのルンペンの小父《おじ》さんから貰った手紙には先生からお話に聞いた探偵実話ソックリの怖い怖いことが書いてありました。玲子の今のお母様のズット前のお婿さんが北海道の監獄から逃げ出して来て、久し振りにお母さんに出す手紙なのでした。
中林先生。あたし、どうしたらいいのでしょう。どうぞどうぞ直ぐにいらっして下さい。玲子にどうしたらいいか教えて下さい。かしこ。
[#ここで字下げ終わり]
三月二十二日[#地から1字上げ]大沢玲子より
中林先生様 御許に
……梯子段《はしごだん》が二度ばかりギシギシと音を立てた……玲子はハッと吾に返って立止まったが、それでもサロンに来ると、敷き詰めてある豪華な支那|絨氈《じゅうたん》のために足音が消されてしまったので、玲子はホッと安心した。今一度、真向うの仏蘭西《フランス》窓の下側にコビリついている黄色い片割月を見上げたが、そのまま小さい身体《からだ》とお河童《かっぱ》さんを傾《かし》げながら白いマットを敷いた幅広い階段を小急ぎに降りて行った。
巨大な旧式洋館の大沢子爵邸内の春の夜はヒッソリ閑《かん》と静まり返って、階下玄関の大時計《グランドファザー》のユックリユックリとした振子の音が冴え返っていた。
玲子はその時計の針を見ようとしたが、近寄れば近寄るほど背が低くなって駄目なことがわかったので、思いきってその時計の横のスイッチを捻《ひね》って、白い文字板の二時十分を指している長針と短針をチラリと見ると直ぐにまた、消してしまった。するとその時に二階の階段の上から、足音を忍ばして降りて来かかった派手な波斯《ペルシャ》模様の寝間着の裾と、白い、しなやかな素足の爪先がヒラヒラと、慌てて二階の方へ逃げ上って行ったが、しかし時計の方に気を取られていた玲子はチットモ気づかなかった。またも手探りで中庭に向っている廊下の途中にある小さな切戸《きりど》の処へ来ると、その低い扉《
前へ
次へ
全14ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング