いる。一方にオシノ婆さんは、少しばかり残っている米で粥《かゆ》を作って喰べているが、近所の人が同情をして物を呉れても、
「いずれ近いうちに敬吾が帰って来ましょうから、お構い下さいませんように……ヘエ……アナタ……」
 と云って突返すので、
「折角《せっかく》ヒトが心配してやっているのに……」
 と面憎《つらに》くがっている者もある。……ところがこの婆さんは、チョット見たところシッカリしているようであるが、実はもうすっかり耄碌《もうろく》しているので、雨戸の隙間から覗いてみると、夜も昼も蚊帳を釣り放して、いつもの通りに床を取った上に、自分が縫った「孩児《やや》さんの赤い布団」まで並べて待っている様子なので、近所の者はトテモ気味悪がっている。ことに依ると夫婦と子供三人で、出かけたあとの留守番をしているつもりかも知れないが、誰もそんな事を尋ねて見るものは無い。何にしても当り前でない婆さんが、タッタ一人で煮焚《にた》きをするので、まことに不要心だから、警察に届けようか、どうしようかと相談しいしい今日まで来ている。尤《もっと》も、もう二三日すると二七日《ふたなぬか》が来るから、事に依ると敬吾が帰
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