トすると間もなく眼の底の空間に、空色のパラソルが一本、美しく光りながら浮き出した。そうしてフワリフワリと舞い上りつつ左手の方へ遠く遠く、小さく小さく消えて行った……と思うと又一つ同じパラソルがもとの処にホッカリと浮かみ出したが、それがだんだんと小さくなって、左手の方へ消えて行くのを見送るたんびに、私は何ともいえない、滅入《めい》り込むような恐怖を感じはじめた。
私はハッと眼を見開いて、キョロキョロとそこいらを見まわした。そうしてその恐ろしさを打ち消すために、もう一杯、又一杯とグラスを重ねたが、飲めばのむ程その幻影がハッキリして来るのであった。しまいには美しいパラソルが、あとからあとから浮き出して、数限りなく空間を乱れ飛ぶようになった。
そのめまぐるしい空間を凝視しながら、私はガタガタとふるえ出した。
その二 濡《ぬ》れた鯉《こい》のぼり
前のパラソル事件以来、私はピッタリと盃を手にしなくなった。それでも時折りはたまらなく咽喉《のど》が鳴るのであったが、飲めば必ず酔う……酔えばキット空色のパラソルの幻影《イリュージョン》を見る……ガタガタと慄え出す……という不可抗力の
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